「デュッラキウムの戦い」の版間の差分

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カエサルは[[テッサリア]]へ撤退していった。ポンペイウスは追跡に慎重であったが[[ルキウス・ドミティウス・アヘノバルブス (紀元前54年の執政官)|ルキウス・ドミティウス・アヘノバルブス]]や[[ルキウス・アフラニウス]]ら、功を焦った強硬なカエサルの政敵たちによる突き上げによりカエサルを追跡したことで、古代ローマ最大の激戦とも称される[[ファルサルスの戦い]]が行われることになる。
 
== 外部リンク ==
* {{Kotobank|デュラキウムの戦い}}
 
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