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(新しいページ: 「'''瑞州'''(ずいしゅう)は、中国にかつて存在した南宋から初にかけて、現在の江西省宜春市一帯に設置された。 == 概要 == 1225年宝慶元年)、理宗諱を避けるため、南宋により筠州は瑞州と改称された。瑞州は江南西路に属し、高安新昌・[[上高県|上高]…」)
 
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[[1225年]]([[宝慶]]元年)、[[理宗]]の[[避諱|諱を避ける]]ため、南宋により[[筠州]]は瑞州と改称された。瑞州は[[江南西路]]に属し、[[高安市|高安]]・[[宜豊県|新昌]]・[[上高県|上高]]の3県を管轄した<ref>『[[宋史]]』地理志四</ref>。
 
[[1277年]]([[至元 (元世祖)|至元]]14年)、元により瑞州は'''瑞州路'''に昇格しと改められた。瑞州路は[[江西等処行中書省]]に属し、録事司と高安・上高の2県と[[宜豊県|新昌州]]を管轄した<ref>『[[元史]]』地理志五</ref>。
 
[[1369年]]([[洪武]]2年)、[[明]]により瑞州路は'''瑞州府'''と改められた。瑞州府は江西省に属し、高安・新昌・上高の3県を管轄した<ref>『[[明史]]』地理志四</ref>。
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