「伊藤八兵衛」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
m 兼子は次女ではありません。出典 『商界の奇傑』P.358
家族・親族情報の追加
1行目:
[[File:伊藤八兵衛.png|thumb|220px|伊藤八兵衛]]
'''伊藤 八兵衛'''(いとう はちべい、[[1813年]]([[文化 (元号)|文化]]10年) - [[1878年]]([[明治]]11年)9月)は、[[幕末]]の[[豪商]]。[[水戸藩]]の金子御用達(きんすごようたし)などを務めたが、為替投機で失敗し没落した<ref name=shigure>[https://www.aozora.gr.jp/cards/000726/files/4329_28181.html 明治美人伝] 長谷川時雨、「解放 明治文化の研究特別号」1921(大正10)年10月</ref>。画家・[[淡島椿岳]]は実弟にあたる。[[渋沢栄一]]の岳父。
 
== 略歴 ==
11行目:
1871年頃、[[横浜居留地]]のアメリカ商人[[ウォルシュ・ホール商会]]とドル為替取引で利益を出す共同事業を始めるため同社に保証金を渡したが、取引失敗により損失を被り、保証金の返還等を求めて民事裁判を起こした<ref>『取引制度の経済史』岡崎哲二、東京大学出版局、2001年 「2章 幕末維新期開港場における内外商の取引関係(ユキ・A・ホンジョー)」</ref>。当初は昵懇にしていた商会側の担当者[[ロバート・W・アーウィン]]に頼まれ、アーウィンの失敗が社長に発覚しないよう帳簿に記載しないなど損失隠しに手を貸したりもしたが、裁判ではそれを逆手に取られるなどして決裂した<ref name=honjo>"Japan's Early Experience of Contract Management in the Treaty Ports" by Yuki Allyson Honjo, Routledge, 2013/12/19, p159-175</ref><ref>"The American Merchant Experience in Nineteenth Century Japan" by Kevin C. Murphy, Routledge, 2004/08/02, p169</ref>。横浜の商人・橋本弁蔵もアーウィンから帳簿の不正記載を頼まれたが断ったと証言したが、領事裁判所は日本人同士の口裏合わせを疑った<ref name=honjo/>。当時の契約のほとんどが口頭でなされ、不明確な領域を多く伴っていたにもかかわらず、領事裁判所はたったひとつの契約書類を根拠に伊藤側を全面敗訴としたため、判決を不服とした伊藤は[[カリフォルニア州|カルフォルニア]]の高等裁判所へ訴えようとしたが、15万円の負債を抱えて裁判費用を調達できず、悶々のうちに1878年に没した<ref name=ishii>石井寛治, 「[https://doi.org/10.20624/sehs.70.1_99 岡崎哲二編, 『取引制度の経済史』, 東京大学出版会, 2001年9月, v+379頁, 5,600円]」『社会経済史学』 70巻 1号 2004年 p.99-100, 社会経済史学会, {{doi|10.20624/sehs.70.1_99}}。</ref>。
 
== 家族・親族 ==
[[渋沢栄一]]は八兵衛の元で[[丁稚]]奉公し、八兵衛の五女・兼子は渋沢の後妻となった。また、栄一と兼子の四男・[[渋沢秀雄]]は八兵衛の四女・絢の娘・たけと結婚した。
; 妻
:* 今(いま)(?-1899)。今子とも表記される。<ref>[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778073/192]『商界の奇傑』篠田鉱造(実業之日本社、1902年)P.192</ref>以下同
; 妾
:*おかよ、おこう、おあい、おとら、おきん
:
; 子
:* 長男:八平。生没年不明
:* 二男:時蔵。生没年不明
:* 長女:亀。夭逝。
:* 二女:美津。夭逝。
:* 三女:久美。外山彌太郎に嫁ぐ。
:* 四女:楽。今澤會藏に嫁ぐ。
:* 五女:兼(1852-1934)。兼子とも表記される。18歳の時[[近江国]]出身の婿と結婚するが、八兵衛の没落により1880年に離婚。1883年実業家[[渋沢栄一]][[子爵]]の後妻となる。<ref>[https://www.aozora.gr.jp/cards/000726/files/4329_28181.html]明治美人伝 長谷川時雨</ref>
:* 六女:おき。下総の豪農で[[野田の醤油醸造]]組合の、高梨孝右衛門[[伯爵]]に嫁ぐ。
:* 七女:清(1855-1890)。清子とも表記される。当初[[大江卓]]と結婚するが、八兵衛の没落により離婚、東京市会議員で深川の米問屋、貿易商であった佐々木和亮に嫁ぐ。
:* 八女:信。信子とも表記される。衆議院議員で実業家の[[皆川四郎]][[伯爵]]に嫁ぐ。
:* ?女:絢(1872-?)。絢子とも表記される。渋沢英一関連企業の[[田園都市株式会社]]、[[目黒蒲田電鉄]]などの取締役を務めた竹田政智に嫁ぐ。長女のたけ子(1897-?)は渋沢栄一の四男[[渋沢秀雄]]に嫁ぐも、その後離婚。<ref>[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2127124/792]『人事興信録 第8版』シ47頁(国立国会図書館デジタルコレクション)</ref>
 
== 脚注 ==
19 ⟶ 36行目:
== 参考文献 ==
* [[内田魯庵]]『新編 思ひ出す人々』(岩波文庫、1994年)
* [[長谷川時雨]]『明治美人伝』「解放 明治文化の研究特別号」(1921年)
* [[山口昌男]]『「敗者」の精神史』(岩波文庫、1995年)
* 東京都議会議員略歴集(東京市会議員名簿)東京都立図書館請求番号(0932/T7288/T11-18-43)
 
== 外部リンク ==