「アンコール・トム」の版間の差分

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[[889年]]に即位した[[ヤショーヴァルマン1世]]は、現在の東バライとアンコール・トムの南半分を含む地域に王都ヤショダラプラを建設した<ref name="Huno"/>。その後ヤショダラプラは一旦放棄されるが、[[944年]]に即位した{{仮リンク|ラジェンドラヴァルマン2世|en|Rajendravarman II}}は再びアンコールに遷都し、東バライの南に[[プレループ]]寺院を建設した。[[1006年]]に即位した{{仮リンク|スーリヤヴァルマン1世|en|Suryavarman I}}は、現在のアンコール・トムとほぼ同じ位置に新王宮と護国寺院[[ピミアナカス]]を建て、西バライを建設した<ref name="Huno"/>。
12世紀後半、[[ジャヤーヴァルマン7世]]により現在のアンコール・トムが建設されたといわれている。
 
== ギャラリー ==
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ファイル:Angkor Thom 32.jpg|アンコール・トム1
ファイル:Angkor Thom Südtor 15.jpg|アンコール・トム2
ファイル:2016 Angkor, Angkor Thom, Bajon (14).jpg|アンコール・トム3
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== 脚注 ==