「シャーリー・テンプル」の版間の差分

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アメリカの子供向け番組の開始にあわせてゴールデン・アワーに繰り返し放送された番組がある。『シャーリー・テンプル・フェスティバル』という題で人気絶頂だった1930年代の映画を見せ、毎回高い視聴率を得た。人気に導かれて第2波のブームが起きると、デザインを変えたシャーリー・テンプル人形(アイデアル社)、『ベビイお目見得』でシャーリーが着た水玉模様の服にそっくりの子供服ほか、彼女の名前を冠した少女向けの服飾品やアクセサリーが再び売上を大きく伸ばし、さらに絵本やぬり絵も加わった{{sfn|Burdick|2001|p=112-113}}。人形は発売6か月で30万体、絵本のシリーズは3か月で22万5000冊を売り上げた{{sfn|Edwards|p=233}}。夏休みやクリスマス休暇、イースター休暇には少女スター時代の作品をテレビで放送するのが恒例になっていく。
 
子役時代の出演作が1980年代にすべてカラー化されると[[ディズニー・チャンネル]]で放送するたび高視聴率で、ビデオやLDも人気を集めた。第3のブームである。シャーリー・テンプル人形はまたも大ヒット。テレビ放送を引き継いだ[[FOXテレビフォックス放送]]は来る年も来る年もクリスマス当日にシャーリーの映画を放映、彼女の誕生日には恒例の特集番組を見せた。すると放送日前後に20世紀フォックス版DVDの売れ行きが伸びたという。テレビ番組『[[大草原の小さな家]]』シリーズで人気子役だった[[メリッサ・ギルバート]](1964年生まれ)も大ファンで、毎日ビデオを見てはシャーリーに合わせて歌ったり踊ったりしたと2005年に語っている。<!-- コメントアウト。既出のエピソードのため。<del>ケネディ・センターはシャーリー・テンプルの映画をとりあげ「テレビやビデオを介して世代を越えて人々の心を捉え、征服してきた。いまもアメリカの小さなプリンセスであり続けるのだ」と評している。</del>-->アメリカ人は成長過程のどこかで必ずディズニーのアニメ、1939年の映画『オズの魔法使』、シャーリー・テンプルの映画に接するという{{sfn|Burdick|2001|p=136}}。小さなファンはあらわれ続けた<!--ファンレターが多数、コメントアウト。現状がわからないため。連絡先に配達されるという<code><nowiki>{{efn|ファンレターが集まる連絡先はShirley Temple, c/o Melveney & Myers Embarcadero Center, West Battery Street, San Francisco, CA 94111 USA}} </nowiki></code>-->。
 
子役時代の映画は家族向けのDVDとして世界中で発売されている。子供にも理解できるように音声を吹き替えた各国語版にはイタリア語・スペイン語・チェコ語・中国語・デンマーク語・ドイツ語・ヒンディ語・フランス語・ロシア語がある。ただし、日本向け商品だけは例外で日本語音声はなく字幕のみである{{efn|たとえばスタジオ・クラシック・シリーズの『テンプルのえくぼ』<ref>{{cite web|accessdate=2017-05-30|title=『テンプルのえくぼ』 (スタジオ・クラシック・シリーズ)|format=DVD|url=https://www.amazon.co.jp/dp/B000PDZJCG|date=2007-07-06|publisher=20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン|ASIN=B000PDZJCG|ref=harv}}</ref>、『小連隊長』、『テンプルの愛国者』など。}}。