「八尾市議除名事件」の版間の差分

最高裁の判示でない
(最高裁の判示でない)
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同年[[9月20日]]、大阪地裁が除名処分の効力を停止する決定を下す。
 
しかし、取消審決申請の審理が終ったにも拘らず知事が審決を出そうとしなかったため、斎藤は大阪地裁に不作為の違法確認の本訴をも提起。これによって、[[1970年]]10月、大阪地裁から知事の審決の遅延を違法とする[[判決]]を得た<ref>{{Cite web|title=昭和45(行ウ)26|url=https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=018315|website=裁判例結果詳細|accessdate=2021-08-08|publisher=裁判所}}</ref>
 
[[1970年]]12月、[[大阪府]][[知事]]が除名処分取消を決定。これによって斎藤の市議復帰が実現した。
 
[[1973年]][[12月13日]]、除名処分取消要求市民決起集会流会の件につき、大阪地裁が[[八尾市]]に22万7000円の[[損害賠償]]の支払いを命じた。
 
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
[[Category:日本共産党の事件]]
[[Category:部落解放同盟の事件]]
[[Category:日本の判例]]
[[Category:言論・表現の自由に関する裁判]]
[[Category:八尾市の歴史|しきしよめいしけん]]