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'''藤井 周一'''(ふじいしゅういち、[[1982年]][[2月14日]] - )は、[[兵庫県]][[西宮市]]出身の男子[[陸上競技]]選手・指導者。専門は[[長距離走|長距離種目]])選手。[[兵庫県立西脇工業高等学校]]、[[日本大学]]出身。[[日清食品|日清食品グループ]]所属した現在は[[宮崎日本大学]]出身(元主将)。中学校・高等学校|宮崎日学高校]]の男子駅伝部監督を務める。
 
== 人物 ==
[[兵庫県立西脇工業高等学]]時代は[[全国高等学校駅伝競走大会]]で活躍。1年は5区で、2年は4区で区間賞を獲得。3年はエースの集う1区で区間3位。卒業後、3年時の[[東京箱根間往復大全国高等駅伝競走校総合体育大会|箱根駅伝インターハイ]]の伝統校あるは5000mで2位(日本大学へ進学した人1位)に輝く
 
日本大学へ進学後、[[東京箱根間往復大学駅伝競走|箱根駅伝]]では1年から華の2区に起用され区間10位、2年も2区に起用されたが区間12位と振るわなかった。3年前哨戦の第34回[[全日本大学駅伝対校選手権大会|全日本大学駅伝]]で5区で区間賞を獲得[[第79回東京箱根駅伝では4区で区2位、4年では関東インカレの10000mで優勝するなどし、前哨戦の[[出雲全日本往復大学選抜駅伝競走|出雲駅伝]]ではアンカーを走り、先頭を走る駒澤大学を交わして14年ぶり2第79目の優勝に貢献したが、箱根駅伝]]では24区間112(日本人1位)と好走した
 
大学4年時は[[関東学生陸上競技対校選手権大会|関東インカレ]]1部の10000mで優勝。第15回[[出雲全日本大学選抜駅伝競走|出雲駅伝]]ではアンカーを務め、東海大・大東大との激しい2位争いを制すと先頭を行く駒澤大もかわし、14年ぶり2回目の優勝の立役者となった。第35回全日本大学駅伝でも2区で13人抜きの区間2位と好走したが、[[第80回東京箱根間往復大学駅伝競走|第80回箱根駅伝]]では2区区間11位と振るわなかった。
[[2004年]]に日清食品入社。
 
[[2004年]]に日清食品入社。[[全日本実業団対抗駅伝競走大会|全日本実業団駅伝]]では[[2005年]]に6区区間5位、[[2009年]]に6区区間3位の実績がある。
2011年に引退し、宮崎日大高校の男子駅伝部の監督になった。
 
[[2011年]]に引退し、宮崎日大高校の男子駅伝部の監督になった。
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== 自己ベスト ==
[[5000メートル競走|5000m]]:13分56秒4(2003年 日本体育大学記録会)
 
[[10000メートル競走|10000m]]:28分33秒36(2008年 [[ホクレンディスタンスチャレンジ]])
 
[[ハーフマラソン]]:1時間02分09秒(2003年 [[香川丸亀国際ハーフマラソン]]){{Athletics-bio-stub}}
 
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