「ベーダ・ヴェネラビリス」の版間の差分

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[[File:Beda - De natura rerum, 1529 - 4784142.tif|thumb|''De natura rerum'', 1529]]
'''ベーダ'''(Beda, Bade, Bæda, [[672年]]/[[673年]] - [[735年]][[5月26日]])は、[[イングランド]]の[[キリスト教]]聖職者・歴史家・[[教会博士]]。[[カトリック教会]]・[[聖公会]]・[[ルーテル教会]]・[[正教会]]で[[聖人]]。[[9世紀]]以降からベーダ・ヴェネラビリス(Beda Venerabilis、ラテン語)と呼ばれ、日本語では'''尊敬すべきベーダ'''または'''尊者ベーダ''' (Bede the Venerable、英語) と訳されている。現代の英語では、名は「Bede」と綴られ「'''ビード'''({{IPAc-en|ˈ|b|iː|d}} {{respell|BEED|'}})」と発音される<ref>{{cite web|url=http://dictionary.reference.com/browse/bede|title=Bede|publisher=Dictionary.com, LLC.|accessdate=2013-04-07}}</ref>
 
[[9世紀]]以降からベーダ・ヴェネラビリス(Beda Venerabilis、ラテン語)と呼ばれ、日本語では'''尊敬すべきベーダ'''または'''尊者ベーダ''' (Bede the Venerable、英語) と訳されている。現代の英語では、名は「Bede」と綴られ「'''ビード'''({{IPAc-en|ˈ|b|iː|d}} {{respell|BEED|'}})」と発音される<ref>{{cite web|url=http://dictionary.reference.com/browse/bede|title=Bede|publisher=Dictionary.com, LLC.|accessdate=2013-04-07}}</ref>。
== 来歴 ==
 
== 生涯・人物 ==
ベーダは北イングランドの方ノーサンブリアのウェア河口に生まれ、生涯[[タイン川]]河口の町ジャローから出ることはなかった。イングランド教会史を齢59歳で書き終えていると自ら書いており、また校了は[[731年]]頃とされる事から彼の生年は[[672年]]ないし[[673年]]頃と思われる。彼が高貴な生まれであったかは分かってはいないが、7歳でウェアマス(Wearmouth)と[[修道院]]に入り、17歳で[[輔祭]]に、30歳で[[司祭]]となった。没年は[[735年]][[5月26日]]、修道院に埋葬されたが、後に[[ダラム大聖堂]]に移された。
 
== 出典・脚注 ==
{{reflist}}
 
== 外部リンク ==
*{{kotobank|ベーダ|2=ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典}}
*{{kotobank|ベーダ(歴史家、神学者)|2=日本大百科全書(ニッポニカ)}}
 
{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:へた うえらりちす}}