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{{出典の明記|date=2010年6月}}
{{特筆性|date=2010年8月}}
'''吉崎 修'''(よしざき おさむ、[[1964年]][[8月6日]] - )は、
==略歴==
関西高校では、1年次の国体予選[[3000メートル競走|3000m]]で2位入賞。2年次の中国大会は[[1500メートル競走|1500m]]/[[5000メートル競走|5000m]]に出場。3年次の中国大会は5000m7位。[[第37回国民体育大会|くにびき国体]]は予選落ち。高校時代のベストタイムは5000m14分52秒8、[[10000メートル競走|10000m]]31分36秒。
中央大学進学後は[[東京箱根間往復大学駅伝競走|箱根駅伝]]で活躍。1年次からレギュラーとして4年連続出場。1年次(第60回大会)は6区区間16位。2年次([[第61回東京箱根間往復大学駅伝競走|第61回大会]])は6区区間5位。3年次([[第62回東京箱根間往復大学駅伝競走|第62回大会]])は新コースとなった6区で区間賞を獲得し区間記録保持者となる。4年次([[第63回東京箱根間往復大学駅伝競走|第63回大会]])は3区で区間賞を獲得しチームをトップに押し上げた。
また、4年次には[[関東学生陸上競技対校選手権大会|関東インカレ]]10000mで2位
▲また、4年次には[[関東学生陸上競技対校選手権大会|関東インカレ]]10000mで2位。[[全日本学生陸上競技選手権|全日本インカレ]]10000mで3位入賞。岡山県記録では、大学3年で5000m、大学4年では5000m、10000m、30kmロードで県記録をマーク。
大学卒業後は
28歳で[[広島県]][[福山市]]の[[JFEエンジニアリング|
▲28歳で広島県福山市の[[JFEエンジニアリング|日本鋼管]]競走部に移籍。[[全日本実業団対抗駅伝競走大会|ニューイヤー駅伝]]に5年連続出場。
[[マラソン|フルマラソン]]のベスト記録は[[びわ湖毎日マラソン]]でマークした2時間16分18秒。
==ベスト記録==
<!-- PJの指針などはよくわかりませんが、載っていたので一応。-->
*[[1500メートル競走|1500m]] - 3分47秒9(当時の岡山県記録)
*[[5000メートル競走|5000m]] - 14分10秒9(当時の岡山県記録)
*[[10000メートル競走|10000m]] - 29分23秒65(当時の岡山県記録)
*20キロロード - 1時間00分42秒(当時の岡山県記録)
*[[ハーフマラソン]] - 1時間4分41秒
*30キロロード - 1時間36分05秒(当時の岡山県記録)
*[[マラソン|フルマラソン]] - 2時間16分18秒
{{箱根駅伝3区区間賞}}
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