「同志」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2012年7月}}
'''同志'''(どうし)とは、志を同じくする([[思想]]を共有する)仲間を指す言葉であり、そういった仲間への呼びかけ、敬称としても用いられる。ただ、漢字文化圏を除けば単に「仲間」を指す言葉を文脈によってそう翻訳するのであり、「戦友」などとも訳しうる場合が多い<ref>たとえば[[ドイツ]]の有名な[[行進曲]]である[[カール・タイケ]]の「[[旧友 (行進曲)|旧友]]」の原題は「Alte Kameraden」であり、後述のとおりドイツ語での「同志」と同じである(Alteは「旧」に当たる)。</ref>
 
伝統的には[[社会主義]]の運動圏において使われた言葉であり、左翼的な色彩を帯びているが、[[右翼]]の側でも使われる場合がないわけではない。左翼の影響を強く受けた[[ファシスト]]などはことにそうである。
 
== 概要 ==
[[中国]]では、[[孫文]]が同志 (tóngzhì, <small>トンチー</small>) という言葉を使い始めたとされている。[[1949年]]の[[中華人民共和国]]成立後も、中国国内で広く使われるようになった。しかし、[[台湾]]において[[同性愛|同性愛者]]間における呼びかけの言葉として同志が用いられ始め、1990年代以降は中国国内においても次第に同性愛者間の呼びかけの意味が強くなってきており、古参の[[中国共産党#党員|共産党員]]以外ではあまり用いられなくなっている。党内部では2010年代においても「同志」の語が用いられ続けているが、一般社会では誤解を避けるため、革命同志に対しては“先生”か“女士”を使っておいた方が無難である。
 
[[日本]]では、字義通り「志を同じくする者」の意味で社会主義運動に関係なく用いられ、[[1875年]]建学の[[同志社英学校]]([[同志社大学]]などで知られる、のちの[[学校法人同志社]])の同志に使用されたり、[[1913年]]成立の[[立憲同志会]](後の[[立憲民政党]]につながる[[自由民主党]]の源流の一つ)の名称にも用いられる。日本に社会主義思想が紹介されて普及するに従い社会主義的な意味を帯びるようになる。{{要出典<ref>[[戸川猪佐武]]「[[小説吉田学校]]」では、[[内閣総理大臣|date=2011首相]]時代の[[福田赳夫]]の台詞として「同志というのは感心せんな。タワリシチ……共産主義者みたいだ」とあり、198012月}}前後の段階で福田もしくは戸川のような保守系の中高年者の間に「同志は共産主義的な語彙」という感覚があったことをうかがわせる(戸川「小説吉田学校」6、P209、1981年、[[角川文庫]])。</ref>。
 
[[日本共産党]]は、委員長が[[日本共産党大会|党大会]]や[[日本共産党中央委員会|党中央委員会]]総会の幹部会報告などの場で党員を「同志」と現在でも呼んでいる<ref>[http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-01-19/2014011902_01_0.html 第26回党大会での志位委員長の閉会あいさつ]しんぶん赤旗</ref>。また、新しく日本共産党に入党した人間は、「(姓名)'''同志''' あなたの入党を心から歓迎します」と書かれた「入党承認証」を受け取る。共産党に限らず[[日本の新左翼|新左翼]]でも同様に「同志」の呼称は使われている<ref>[http://www.jrcl.net/frame140120c.html 追悼 木村保博同志]かけはし([[JRCL]]機関紙)</ref>。他に、左翼の影響を強く受けた[[新右翼]]、[[民族派]]においても肯定的に使用される。