「ワレンチナ・マトヴィエンコ」の版間の差分

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{{政治家
|人名 = ワレンチナ・マトヴィエンコ
|各国語表記 = {{lang|ru|Валентина Ивановна Матвиенко}}
|画像 = В.И. Матвиенко.jpg
|画像説明 = 2014年3月6日
|画像説明 = [[スイス]]の[[ダボス]]で開催された[[世界経済フォーラム]]年次総会にて(2007年1月)
|国略称 = {{flagicon|RUSRUS2}} [[ロシア|ロシア連邦]]
|生年月日 = {{生年月日と年齢|1949|4|7}}
|出生地 = {{SSR1923}}<br>{{UASSR1937}}<br>[[ファイル:Flag_of_Khmelnytskyi_Oblast.svg|border|25px]] [[フメリニツキー州]]シェペティフカ
|前職 = 共産党官僚<br>ソビエト連邦人民代議員<br>外交官<br>マルタ大使<br>ギリシャ大使
|現職 =
|所属政党 = [[ソビエト共産党]]<br>[[祖国・全ロシア]]<br>[[統一ロシア]]
|称号・勲章 =
|子女 = セルゲイ・マトヴィエンコ
|親族(政治家) =
|配偶者 = ウラジミール・ヴァシリエヴィッチ・マトヴィエンコ(1948年から2018年まで) - 2018)
|サイン = Signature of Valentina Matviyenko.png
|ウェブサイト =
|サイトタイトル =
 
|国旗 = RUS
|職名 = ロシア連邦<br/>第4代[[連邦会議 (ロシア)|連邦院議長]]
|職名 = {{RUS2}}<br/>第4代[[%E9%80%A3%E9%82%A6%E9%99%A2_(%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2)#%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E8%AD%B0%E9%95%B7|連邦院議長]]
|当選回数 =
|就任日 = [[2011年]][[9月21日]]
|元首 = [[ドミートリー・メドヴェージェフ]]<br/>[[ウラジーミル・プーチン]]
|国旗2 =
|職名2 = [[File:Flag_of_Saint_Petersburg.svg|border|25px]] [[サンクトペテルブルク]]<br/>第3代[[市長]]
|当選回数2 =
|就任日2 = [[2003年]][[10月15日]]
|退任日2 = [[2011年]][[8月22日]]
|元首職2 = 大統領
|元首2 = [[ウラジーミル・プーチン]]<br>[[ドミートリー・メドヴェージェフ]]
|国旗3 = RussiaRUS
|職名3 = [[北西連邦管区]]<br/>大統領全権代表
|元首職3 = 大統領
|退任日3 = [[2003年]][[10月5日]]
|退任理由3 = サンクトペテルブルク市長に当選
|国旗4 = Russia
|職名4 = [[ロシア連邦]]{{RUS2}}<br/>副首相
|当選回数4 =
|就任日4 = [[1998年]][[9月24日]]
|元首4 = [[ボリス・エリツィン]]<br>ウラジーミル・プーチン
}}
'''ワレンチナ・イワノヴナ・マトヴィエンコ'''('''マトビエンコ'''、{{Lang-ru|'''Валенти́на Ива́новна Матвие́нко'''}}、ラテン文字表記の例:{{lang|ru-Lat|'''Valentina Ivanovna Matviyenko'''}}、[[1949年]][[4月7日]] - )は、[[ロシア|ロシア連邦]]の[[政治家]]。2003年から第3副首相、[[北西連邦管区]]大統領全権表、[[サンクトペテルブルク]]市長を務め歴任した後、2011年9月からドミートリー・メドヴェージェフ政権及びウラジーミル・プーチン政権にて第4代ロシア連邦議会は[[%E9%80%A3%E9%82%A6%E9%99%A2_(%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2)#%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E8%AD%B0%E9%95%B7|連邦院議長]]を務めており、ロシアで最も著名かつ人気のある女性政治家の1人である。元副首相
 
==経歴==
1949年4月7日に[[ウクライナ・ソビエト社会主義共和国]]の[[フメリニツキー州]]シェペティフカに誕生する。[[1972年]]にレニングラード化学薬科大学を卒業し、[[1984年]]まで[[コムソモール]]活動に従事する。[[1985年]]に[[ソ連共産党]]アカデミーを卒業し、[[レニングラード]]市共産党組織・機関に勤務する。
 
[[1989年]]に[[人民代議員大会|ソ連邦人民代議員]]に当選し、[[ソビエト連邦最高会議|ソ連邦最高会議]]女性・家族・児童問題委員会議長に選出された。[[1991年]]から[[1998年]]にかけて[[外交官]]となり、[[マルタ]]大使[[ギリシャ]]大使などのポストを歴任した。1998年にロシア連邦政府に戻り、社会政策担当の副首相を務めた。
 
[[2003年]]3月に[[ウラジーミル・プーチン|プーチン]]大統領によって[[北西連邦管区]]大統領全権代表に任命される。2003年10月に[[サンクトペテルブルク]]市長候補に指名され、選挙を経て当選した。
 
2011年8月にサンクトペテルブルク市長を辞任し、同年9月に4代目ロシア連邦議会[[連邦院 (ロシア)|連邦院議長]]に就任した<ref>{{cite news |title=露のナンバー3に初の女性 上院議長、帝政後最高位 |author=|newspaper=MSN産経ニュース|date=2011-09-21 |url=http://sankei.jp.msn.com/world/news/110921/erp11092120520007-n1.htm |accessdate=2011-10-14}}{{リンク切れ|date=2017年9月}}</ref>。2019年9月25日に議長に3選した<ref>{{Cite news|url=https://tass.ru/politika/6925246?following_ch=4426|title=Валентину Матвиенко в третий раз избрали председателем Совета Федерации|agency=[[イタルタス通信]]|date=2019-09-25|accessdate=2019-09-25}}</ref>。
 
== 脚注 ==
*[http://eng.gov.spb.ru/gov/governor 公式ホームページ]{{en icon}}
 
{{先代次代|{{Flagicon|RUS}} [[%E9%80%A3%E9%82%A6%E9%99%A2_(%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2)#%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E8%AD%B0%E9%95%B7|連邦院議長]]|第4代:2011年9月21日 - 現職|[[アレクサンドル・トルシン]](代行)|現職}}
{{先代次代|[[サンクトペテルブルク|サンクトペテルブルク市長]]|[[2003年]]10月 - [[2011年]]8月|[[ウラジーミル・ヤコブレフ]]|[[ゲオルギー・ポルタフチェンコ]]}}
{{先代次代|[[北西連邦管区File:Flag_of_Saint_Petersburg.svg|北西連邦管区大統領全権代表border|25px]]| [[2003年サンクトペテルブルク|サンクトペテルブルク市長]]3|2003年1015日 - 102011年822日|[[ヴィクトウラジーミル・チェルケソヤコブレフ]]|[[イリヤゲオルギークレバノポルタチェンコ]]}}
{{先代次代|{{Flagicon|RUS}} [[北西連邦管区|北西連邦管区大統領全権代表]]|2003年3月11日 - 2003年10月5日|[[ヴィクトル・チェルケソフ]]|[[イリヤ・クレバノフ]]}}
{{ロシア上院議長}}
{{authority control}}