「マルコム・マクレーン」の版間の差分

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=== 日本への寄港 ===
[[国防総省]]との契約から大型船3隻小型船3隻によるベトナムへの運行を請け負い、行きは軍需物資で満載であるが、返りは空のコンテナが大半となり、往復分の運賃を保証されていたため、帰り荷は全て利益となるため何か策が無いか頭を巡らしたマクレーンはある国を閃いている。日本であった。[[1960年]]代の日本は[[高度経済成長]]期であり世界最速のペースで成長し、アメリカとの貿易額は第二位となっていた。[[1968年]]9月にシーランドは[[横浜]] - [[アメリカ合衆国西海岸|西海岸]]の定期航路開設を行い、コンテナには日本で製造された電化製品が山積みされ日本は輸出ラッシュを迎えている<ref>レビンソン 2007, pp.246-247.</ref>。また、このサービスは[[1969年]]に[[香港]]と[[台湾]]に、[[1971年]]には[[シンガポール]]、[[タイ王国|タイ]]、[[フィリピン]]に拡大した。コンテナの取扱量が飛躍的に伸び始めたことでアジア各地でも挙って港湾建設が開始されており、この中でも一番熱心に取り組んだのがシンガポールであった。惜しみない拡張と作業内容の見直しによるギャングの構成人数を減らすなど効率化を追求した結果、2005年には世界一のコンテナ取扱量となっており、シンガポールの[[シンガポール港|イースト・ラグーン港]]は世界に名を轟かせる[[ハブ・アンド・スポーク|ハブ港]]として君臨している<ref>レビンソン 2007, p.275.</ref>。
 
== グローバル・サプライチェーン ==
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