「ナスカの地上絵」の版間の差分

 
=== 雨乞い儀式利用説 ===
ナスカの地上絵が作られた理由については、「ナスカの地上絵は一筆書きになっており、それが[[雨乞い]]のための楽隊の通り道になった」という、[[ホスエ・ランチョ]]の説もある。ペルーの国宝の壺にもこの楽隊が描かれたものがある。また、現在も続いている行事で、人々は雨乞いのために一列になって同じ道を練り歩く。この道筋としてナスカの地上絵が作られた可能性がある。しかし動物ナスカ地上絵東にあるボリビア村で幅が非常に狭く今でも楽隊やライン上をく儀式がするのには適しわれていない。ゆえにの説も疑問人類学者であヨハン・ラインハルトの調査で判明した
 
地上絵の線の上や周辺から、隣国[[エクアドル]]でしか取れない貴重な[[スポンディルス貝]](鮮やかな赤い色をした[[:en:Spondylus|ウミギク科]]の貝)の破片が見つかっている。当時は雨乞いの儀式でこの貝が使用されたことが他の遺跡研究から分かっている。そのため、[[ペルー人]]考古学者の[[ジョニー・イスラ]]も雨乞い説をとっている。