「東京大学本郷地区キャンパス」の版間の差分

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;駒場との敷地交換から現在まで
[[1923年]]、[[関東大震災]]による校舎・施設の壊滅で、いったんは[[代々木]]など他地区への校地移転が検討されたものの、結局東大はこの地区に存続することとなった。[[1926年]]には、前田家から屋敷や庭園を含む所有地(現在の懐徳館・同[[懐徳館庭園|庭園]]・[[東京大学総合研究博物館|総合研究博物館]]・[[東京大学東洋文化研究所|東洋文化研究所]]などの敷地)を譲り受け、代わりに前田家は当時[[駒場 (目黒区)|駒場]]に所在していた[[東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部|農学部]]の農場の一部を譲渡され同地に邸宅を移転した(現:[[駒場公園 (目黒区)|駒場公園]])。
 
ついで[[1935年]]、駒場の農学部が向ヶ丘の一高と校地を交換する形で本郷に移転した(その後駒場の校地は戦後の一高の包括により設置された[[東京大学大学院総合文化研究科・教養学部|教養学部]]が継承し、[[東京大学駒場地区キャンパス#駒場Iキャンパス|駒場Iキャンパス]]となっている)。さらに[[1941年]]には現在の浅野キャンパスを校地として取得し、本郷地区キャンパスは現在の形になった。