「豊田正作」の版間の差分

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夫人はその言葉のとおりにして美酒とおいしい肴を出した。豊田は大いに喜んで、再三これに感謝して飲食すること一日中息まなかった。それ以来日々このとおりで一日も酒と肴を備えないことはなかった。豊田はいよいよ喜んで、その酒と肴に飽きる事を楽しみとし、あえて村の中に行かなくなった。心のよこしまな民はしばしば来たが、豊田は酒に酔いつぶれて言語が明瞭でなく、心がよこしまな民もこのために謀りごとを合わせることができなかった。先生はこの時に当って、専ら村の中に力を尽し貧困に苦しんでいる民をいたわり、荒れ地を開き、およそ旧復の事業、夜に日を継いで心をこめて実行された。
 
数年の後、豊田はついに自ら反省して自らを責め、ざんげして前非を改め、復興の道を勉励するに至った。ここにおいて豊田の有益もまた少なくなかった。実に先生の徳化のしからしめるものと感じいる次第である。」</blockquote>
 
== 江川太郎左衛門との関係 ==
配下の韮山の商人と管轄地の大磯の商人等が、二宮尊徳翁の指導を受けて、傾いた身代を復興させたことを知り、翁の一門数名が韮山の商人宅に立ち寄った時に、翁と豊田正作とを招待し、数日に亘って懇談している。
 
</blockquote>
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[[Category:1792年生]]
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