「論理主義 (数学)」の版間の差分

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フレーゲの『算術の基本法則』第2巻が刊行直前に控えていた[[1903年]]に、ラッセルから後に[[ラッセルのパラドックス]]と呼ばれるパラドックスの指摘が来たため、フレーゲはパラドックス解消を目指すが、最終的には数学的な方法の徹底を放棄した。ラッセルはフレーゲとは独立に、型の理論([[タイプ理論]])と呼ばれる方法で、彼自身が発見したパラドックスを避けることに成功したが、その無矛盾性および完全性が証明されていなかった。
 
彼らの仕事を受けて[[ダフィット・ヒルベルト|ヒルベルト]]は[[形式主義 (数学)|形式主義]]、[[ライツェン・エヒベルトゥス・ヤン・ブラウワー|ブラウワー]]は[[数学的直観主義 (数学の哲学)|直観主義]]でパラドックス解消と数学の基礎付けを目指すが、[[1931年]]の[[クルト・ゲーデル|ゲーデル]]による[[不完全性定理]]の証明によりその不可能性が指摘された。
 
== 関連項目 ==