「静岡県」の版間の差分

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[[豊臣秀吉]]が後北条氏を滅ぼすと、1590年には家康は駿府から[[江戸]]に移され、代わって駿府には[[中村一氏]]が入り、遠江国には掛川に[[山内一豊]]や[[堀尾吉晴]]が入り、それぞれ織田家の家臣が入った。
 
[[1603年]]、徳川家康が[[江戸幕府]]を開くと後継者の[[徳川秀忠]]に[[征夷大将軍|将軍]]職を譲り、家康は駿府において大御所政治を敷いた。[[江戸時代]]の伊豆国、駿河国、遠江国の3国(以下「豆駿遠三国」と略称)には、[[幕府直轄領]]や譜代大名の藩領、旗本領が入り組んでおり、伊豆国には韮山の代官江川太郎左衛門、駿河国には沼津藩の水野出羽守、田中藩の本田紀伊守、小島藩の瀧脇丹後守、遠江国には相良藩の田沼玄蕃頭、横須賀藩の西尾主計頭、浜松藩の井上河内守、掛川藩の太田惣次郎、堀江藩の大澤右京夫といった具合に領主支配は複雑に変遷している。
 
近世には江戸日本橋から京都に至る[[東海道]]の[[宿場]]が整備されるが、豆駿遠三国には53の宿場のうち22宿が存在し、各地に[[宿場町]]が成立した。東海道は西国諸大名の[[参勤交代]]や[[朝鮮通信使]]・[[琉球使節]]も通行し、[[新居関所]](今切関所)は箱根関所と並ぶ重要な関所として知られ、大井川では川越制度が整えられ、大井川徒歩が行われた。
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