「年寄名跡」の版間の差分

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=== 功績顕著によるもの(一代年寄) ===
現役時代の功績が著しかった横綱が[[引退]]した際、協会理事会がその横綱一代に限って認める年寄名跡である。現役時代の[[四股名]]をそのまま年寄名跡として使用し、退職まで有効。一代限りのため譲渡・継承は出来ないが、一代年寄以外に認められている年寄株譲渡・貸株の権利を制限しないために、一代年寄の名跡と別に一般の年寄株を一つ保有することが認められる。元々は1969年に現役だった横綱・大鵬に、内弟子集めを例外的に認めて「横綱・大鵬」と「年寄・大鵬」を並立させる工夫として生み出されたと言われるが、経緯の詳細はわかっていない<ref>現役力士が将来の独立に備えて内弟子を集めることは一代年寄に限らず普通に行われている。弟子の実例として[[琴風豪規]]や[[大乃国康]]。</ref>。目安としては、幕内最高優勝20回が挙げられるが、制度としての明文化規定は無い。
 
歴代の権利取得者は、[[大鵬幸喜]]、[[北の湖敏満]]、[[千代の富士貢]]、[[貴乃花光司]]の4人。この内大鵬・北の湖・貴乃花が権利を行使し、それぞれ自前の部屋<ref>貴乃花の場合は実質的に部屋継承だった。</ref>を構えた。千代の富士は[[九重部屋]]を継承する予定であったため、「部屋の名前は一代限りで無く末永く続くものにしたい」と辞退した。この他、[[朝青龍明徳]]は25回優勝したが、日本国籍を取得しなかったため年寄襲名資格を満たさず、現役引退とともに協会を退職した。現役力士では[[白鵬翔]]が4445回優勝しているが、入門から永らくモンゴル国籍のままであったため<ref>日本国籍取得は2019年。</ref>、一代年寄は許可されていない。
 
引退後、年寄として初めて番付に載る際は、上の名前が変わらないにもかかわらず一般の年寄と同様、氏名の上に「(四股名)改メ」と書かれる。また、[[勝負審判|審判委員]]に就任した場合、本来場内アナウンスでは「正面・審判長、『伊勢ヶ濱、元・旭富士』というように、年寄名跡と現役時代の四股名がアナウンスされるが、一代年寄の場合、「正面・審判長、『貴乃花』」というように一度だけアナウンスされる。
 
=== 現役名年寄 ===
引退時に年寄名跡を取得していない横綱や大関は、横綱5年・大関3年(1998年新設)に限り、現役時の四股名のまま年寄を名乗ることが出来る。引退後、年寄として初めて番付に載る際は、一般の年寄や功績顕著の一代年寄とは異なり、氏名の上に「(四股名)改メ」とは書かれない。委員待遇の正年寄であり、過去には「現役名年寄」のまま[[勝負審判|審判委員]]に任命された者もいる。一代年寄と同様、一般の年寄株を一つ保有することが出来る。過去には、自分の名跡を人に貸していたためこの規定を利用した例もある。1998年の大関3年の規定追加されたのは、同時に定められた借株禁止の救済措置であったり、それが借株禁止の空文化後も存続しているものである
 
公益財団法人日本相撲協会の[[定款]](財団法人時代は[[寄附行為]]施行細則附属規定)には、これらの基準に満たなくても理事会に諮り承認された場合は年寄になれることが明記されているが、2015202128月現在、この適用例はない。
 
=== 準年寄(廃止) ===