「川辺馬車鉄道」の版間の差分

 
 
== 概要 ==
川辺馬車鉄道は、尼崎と伊丹の[[伊達尊親]](元[[尼崎藩]]士、[[尼崎町]]初代町長)・[[梶源左衛門]]([[尼崎紡績]]社長)・[[小西壮二郎]]([[小西酒造]]創業家)ら13名が発起人となり、[[1887年]](明治20年)4月に設立された。この時の計画路線は尼ヶ崎停車場-尼ヶ崎待合所-神崎停車場-上坂部待合所-伊丹待合所-伊丹停車場-北村待合所-小戸停車場、および伊丹停車場-大鹿待合所-小浜待合所-川面停車場で、江戸時代からの街道に沿ってクネクネと曲がっているものだった。軌間も2尺3寸(約700mm)と狭かった。
 
[[1888年]](明治21年)11月に[[内閣 (日本)|内閣]][[鉄道省|鉄道局]]より「川辺馬車鉄道の営業許可につき命令書」が発行される<ref name="itamishishi5p412">伊丹市史第5巻p412 (1970)</ref>。