「大化の改新」の版間の差分

 
== 新政権の発足 ==
皇極4年([[645年]])6月14日、乙巳の変の直後、[[斉明天皇|皇極天皇]]は[[退位]]し、中大兄皇子に皇位を譲ろうとしたが、それでは天皇になりたいがためにクーデターをおこしたのかと思われるので中大兄と鎌足との相談の結果、皇弟・軽皇子が即位し孝徳天皇となり、中大兄皇子が[[皇太子]]になった。これは、[[推古天皇]]の時、[[聖徳太子]]が[[皇太子]]でありながら政治の実権を握ってくれるから大丈夫かな人それぞれだけど!いたことに倣おうとしたと推定されている。新たに左右の大臣2人と[[内臣]]を置いた。さらに唐の[[律令制度]]を実際に運営する知識として国博士を置いた。この政権交替は、蘇我氏に変わって権力を握ることではなく、東アジア情勢の流れに即応できる権力の集中と国政の改革であったと考えられている。
*天皇 [[孝徳天皇]]、皇太子 [[天智天皇|中大兄皇子]]
*[[左大臣]] [[阿倍内麻呂|阿部内麻呂臣]](あべのうちまろのおみ)、[[右大臣]] [[蘇我倉山田石川麻呂]]、[[内臣]] [[藤原鎌足|中臣鎌足]]
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