「宝厳寺」の版間の差分

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* 巳月館
* 鐘楼
* 唐門(国宝) - 船着き場から急な石段を上り、途中で右に入った位置に建ち、観音堂に接続している。この門は慶長7年(1602年)に[[豊臣秀頼]]によって[[豊国廟]](京都の東山にあった[[豊臣秀吉]]の霊廟)の唐門(極楽門)を新築した際に、[[徳川家康]]が旧来の門を移築したものであることが『梵舜日記』にみえる<ref>『週刊朝日百科 日本の国宝』79号、p.8 - 276</ref>。その極楽門は[[大坂城]]の極楽橋の唐破風造部分を豊国廟へ移築したものである。極彩色の彫刻と飾金具で飾った華麗な門で、[[安土桃山時代]]の雰囲気を伝えている。
* 観音堂(重要文化財) - 入母屋造檜皮葺き。慶長7年(1602年)に豊臣秀頼によって豊国廟から移築。西国三十三所観音霊場第30番札所で、本尊の秘仏[[千手観音]]立像(鎌倉時代)を安置する。傾斜地に建つため、床下に長い柱を立てて支える[[懸造]]となっている。柱などの木部は総漆塗りで、天井には極彩色で菊、桐などの文様を描く。柱が床下部分まで漆塗りであるなど、各所に移築の痕跡があり、他所から移築されたものである。札所本尊の千手観音像は秘仏で、開扉は原則として60年に一度である<ref>近年では[[1977年]](昭和52年)に開扉。[[2000年]](平成12年)には三重塔落慶法要のため特別開扉された。[[花山天皇|花山法皇]]一千年忌の西国三十三所結縁開帳で、[[2009年]](平成21年)5月1日 - 5月15日と[[2010年]](平成22年)5月1日 - 5月15日にも開帳された。</ref>。
* 渡廊(低屋根、重要文化財) - 観音堂と 渡廊(高屋根)を結ぶ屋根付きの廊下である。慶長7年(1602年)に豊臣秀頼によって豊国廟から移築。豊臣秀吉の御座船「日本丸」の船櫓の用材を用いて建てたという伝承から「船廊下」の称がある。
* 渡廊(高屋根、重要文化財) - 渡廊(低屋根)と[[都久夫須麻神社]]本殿を結ぶ屋根付きの廊下である。慶長7年(1602年)に豊臣秀頼によって豊国廟から移築。こちらも豊臣秀吉の御座船「日本丸」の船櫓の用材を用いて建てたという伝承から「船廊下」の称がある。
* 護摩堂
* 月定院