「日本の鉄道事故 (1949年以前)」の版間の差分

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; 1944年(昭和19年)[[11月19日]]
: [[山陽本線]][[上郡駅]] - [[三石駅]]を走行していた下り233旅客列車([[国鉄C57形蒸気機関車|C57形]]45号機牽引、客車11両編成)が閉塞信号の停止現示で停止していたところ、午前1時56分に後続の下り345貨物列車([[国鉄D52形蒸気機関車|D52形]]蒸気機関車牽引)が追突し、追突した機関車と貨車56両中4両と、旅客列車11両中5両が脱線し大破した。38名が死亡、59名が負傷した。
: 事故は、後続の貨物列車の乗務員が居眠りし、信号[[冒進]]したためだった。なお後続列車の乗務員は生存していたが、自責の念からのちに蒸気機関車の火室で焼身自殺した<ref>{{Harvnb|鉄道保安要史その5|1986|pp=91-92}}</ref>
 
==== 沖縄県営鉄道輸送弾薬爆発事故 ====