「国際紛争の平和的解決」の版間の差分
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誤解を招きそうな点なので導入部でも説明 |
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[[File:Barack Obama and Vladmir Putin at G8 summit, 2013.jpg|thumb|300px|2013年にイギリスで開催された[[G8サミット]]の際に会談した[[アメリカ合衆国大統領|アメリカ大統領]][[バラク・オバマ]](左)と、[[ロシア連邦大統領|ロシア大統領]][[ウラジーミル・プーチン]](右)。外交交渉は国際紛争の平和的解決手段としては最も基本的なものであるが<ref name="国際法辞典88-89">「交渉」[[#国際法辞典|『国際法辞典』]]、88-89頁。</ref>、外交交渉という手段によって平和的解決が実現するかどうかは当事者の態度いかんである<ref name="杉原405-406">[[#杉原(2008)|杉原(2008)]]、405-406頁。</ref>。]]
'''国際紛争の平和的解決'''(こくさいふんそうのへいわてきかいけつ)は、[[国際紛争]]を[[平和]]的に解決し、処理することである<ref name="国際法辞典118-119">「国際紛争の平和的解決」[[#国際法辞典|『国際法辞典』]]、118-119頁。</ref>。'''国際紛争の平和的処理'''ともいう<ref name="国際法辞典118-119"/>。平和的解決に対を為すのは[[兵力]]による解決を表す「強力的解決」または「強制的解決」であり、その最も重大な場合が[[戦争]]である<ref name="国際法辞典118-119"/>。かつての[[国際法]]では平和的解決手続きと強力的解決手続きのどちらも認められ<ref name="杉原401-402">[[#杉原(2008)|杉原(2008)]]、401-402頁。</ref>、平和的解決手続きに失敗すれば[[武力行使]]を伴う強力的解決手段も認められていた<ref name="山本677">[[#山本(2003)|山本(2003)]]、677頁。</ref>。しかし現代では[[国際連合憲章|国連憲章]]2条3項により国際紛争の平和的解決が義務として定められたほか、同2条4項で武力の行使、武力による威嚇が禁止され、[[ニカラグア事件]][[判決 (国際司法裁判所)|国際司法裁判所判決]]では紛争の平和的解決義務が[[慣習国際法]]であることが確認された<ref name="杉原401-402"/>。ただしこのような国際紛争の平和的解決義務は、平和的手段を用いるべき義務であって、平和的手段を用いた結果として国際紛争を実際に解決することまで義務付けられているわけではない<ref name="キーワード176-179">高田映「紛争の平和的解決義務」[[#キーワード|『国際法キーワード 第2版』]]、176-179頁。</ref>。平和的解決のための手段として具体的には、[[外交交渉]]、[[周旋]]、[[仲介 (国際法)|仲介]]、[[審査 (国際法)|審査]]、[[調停 (国際法)|調停]]のような非裁判手続きのほか、第三者機関が紛争当事国に紛争解決を義務付ける裁判的手続がある<ref name="小寺412-415">[[#小寺(
== 平和的解決の義務化 ==
かつては[[国際紛争]]の解決手段として、外交交渉などの平和的手続([[#紛争解決手続き]])と武力行使を伴う強力的解決手続きの双方が認められた<ref name="杉原401-402"/>。1899年に採択された[[国際紛争平和的処理条約]]1条では、武力行使を予防して国際紛争の平和的解決の確保に全力を尽くすことが約束されたが、国際紛争の平和的解決義務や武力行使の禁止が定められることはなかった<ref name="山本677"/>。[[国際連盟規約]]においては強力的手段による紛争解決は制限されたが(12条1項)、平和的解決に失敗した場合には最後の手段として戦争に訴えることも認められていた(15条7項)<ref name="小寺412">[[#小寺(
しかし1945年の[[国際連合憲章|国連憲章]]では、2条3項で紛争を平和的手段により解決すべき一般的義務が定められたほか、2条4項では[[武力行使禁止原則]]が定められている<ref name="杉原401-402"/>。2条3項、2条4項は以下の通り。
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== 国際紛争とは ==
{{Main|国際紛争}}
国際判例は、紛争という概念を「二主体間の法律上または事実上の論点に関する不一致、法律的見解または利益の矛盾、対立」(1924年の[[マヴロマティス・パレスタイン特許事件]][[常設国際司法裁判所]]判決)と定義し、国際紛争が存在するか否かは裁判所により客観的に判断されるべき問題としている(1950年の[[平和条約解釈国際司法裁判所勧告的意見|平和条約解釈ICJ勧告的意見]])<ref name="小寺409-410">[[#小寺(
=== 政治的紛争と法律的紛争の分類 ===
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==== 審査 ====
[[審査 (国際法)|審査]]は、非政治的・中立な審査委員会が国際紛争に関する事実関係を調査、報告する手続きである<ref name="杉原407-408">[[#杉原(2008)|杉原(2008)]]、407-408頁。</ref>。国際審査とも言われる<ref name="国際法辞典108">「国際審査」[[#国際法辞典|『国際法辞典』]]、108頁。</ref>。委員会は紛争当事国の合意によって設立される<ref name="国際法辞典108"/>。もともと審査の役割は事実関係の調査であり法的判断は含まれないことが原則とされている<ref name="山本682">[[#山本(2003)|山本(2003)]]、682頁。</ref>。1899年の[[国際紛争平和的処理条約]]においてはじめて審査が制度化された<ref name="小寺418">[[#小寺(
==== 調停 ====
{{Main|調停_(国際法)}}
調停は、非政治的・中立な調停委員会が紛争について事実関係だけでなく法的問題まで含めた全体的検討を行い、当事者に解決案を勧告する制度である<ref name="杉原408-411">[[#杉原(2008)|杉原(2008)]]、408-411頁。</ref><ref name="小寺419-420">[[#小寺(
==== 国際組織の介入 ====
===== 国際連盟 =====
[[国際連盟]]は国際紛争の平和的解決に介入する[[国際組織]]の最初の例であった<ref name="山本683-687">[[#山本(2003)|山本(2003)]]、683-687頁。</ref>。[[国際連盟理事会|連盟理事会]]が非裁判的手続に介入することを広く認めていたのである<ref name="山本683-687"/>。たとえば一定の事態について([[国際連盟規約|連盟規約]]11条2項)、連盟加盟国からの注意喚起を受けて連盟理事会は周旋、仲介、審査、調停といった非裁判手続きをとることができたほか、国交断絶に至るおそれのある紛争について紛争当事国が裁判的手続に付託しなかった場合には、一方の紛争当事国からの付託によって連盟理事会が強制的に介入して審査、調停、仲介といった権限を行使することが認められていた<ref name="山本683-687"/><ref name="小寺431-432">[[#小寺(
===== 国際連合 =====
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==== 司法裁判 ====
{{See also|国際司法裁判所|常設国際司法裁判所}}
国際社会において紛争当事国の意思からは独立した司法裁判所が初めて登場したのは、1907年に設立された[[中米司法裁判所]]であったが、これはわずか10件の事件を扱ったのみで1918年に廃止されることとなった<ref name="小寺422-430">[[#小寺(
== 出典 ==
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