「岡田内閣」の版間の差分

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しかし齋藤内閣と同じような[[挙国一致内閣]]を望む岡田は、そんなことはお構いなしに政友会から非主流派の[[山崎達之輔]]・[[床次竹二郎]]・[[内田信也]]を閣内に取り込む。この3名はいずれも幹部級の大物だったが、政友会執行部は党議違反を理由に彼らを直ちに除名した。
 
さらに5か月後、かねてより健康状態に不安のあった藤井蔵相の病状が悪化して緊急入院、そのまま大臣を辞任するという事態になると、齋藤内閣で大蔵事務次官として自身を補佐していた藤井を次の蔵相に推挙して引退した[[高橋是清]]がその道義的責任から藤井の後任蔵相として入閣したが、政友会執行部はさすがに元総裁の高橋を除名するわけにもいかないのでこれを「別離」すると宣言して野党としての立場を改めて鮮明にした。
 
岡田内閣は[[天皇機関説]]問題の対応に苦慮。軍部からの圧力に抗しきれず、[[第二次ロンドン海軍軍縮会議]]を脱退し、軍の[[華北]]進出を容認した。