「ブレーカー・ボーイ」の版間の差分

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[[File:Charles Green06.jpg|thumb|<center>「ブレーカー・ボーイ」("Breaker boy")<br />チャールズ・グリーン(Charles Green)]]
 
石炭がイギリスで広く使用されるようになったのは、1950年代の後半、[[王立海軍]]以外の木材収穫の禁止令が[[チャールズ1世 (イングランド王)|チャールズ1世]]によって布かれた後のことである。中産階級の新興は、更なる窓ガラスの需要の増加を招き、そしてガラス製造業は燃料を木炭に大きく依存していた。木炭はもはや手に入らなくなったため、ガラス製造業は燃料を石炭へと置き換えた。加えて、[[反射炉]]の発明や、[[カノン砲]]のような鉄製品を鋳造する手法の開発は、石炭需要の更なる増加を招いた。<ref name="Connections">Burke, James. ''Connections.'' New York: Little, Brown and Company, 1978, {{ISBN|0-316-11685-8}}. p. 163-170.</ref>
 
砕炭場の第1の機能役割は、石炭を細かい砕した後砕き、おおよれら破片をほぼ一様な寸法諸カテゴリー大きさごとに分類することであり、この程はブレーキング(breaking)として知ら呼ばれる<ref name="Ketchum">Ketchum, Milo Smith. ''The Design of Mine Structures.'' New York: McGraw-Hill, 1912.</ref>。しかし、石炭はしばしば、岩粘板岩硫黄(あるいは「骨」("bone"))、分・粘土、あるいは土壌といった不純物がじっ入している<ref name="Ketchum" /><ref>Ash are impurities such as [[alumina]], [[iron]], [[silica]], and other noncombustible materials. See: [http://www.photius.com/energy/ "Ash." ''Dictionary of Energy.'' June 30, 2007.] Accessed 2009-10-31.</ref>。従ってこうしたがって砕炭場の第2の機能は不純物を経済的に望ましくかつ効率が許す範囲で技術的に実現可能なだけ、取り除去した後にそれからっている存した不純物の割合に基づい応じて石炭を等級ることであが砕炭場の第2の役割となる<ref name="Ketchum" />。この工程石炭が家内工業規模の生産方使用消費されていた時には、必要でなかったが、しかし[[規模の経済<ref>企業や工場で生産量を増大させること]]によって、生産量あたり必要な投入量が減少し、生産量一単位あたりの平均費用が低下するとき、規模の経済が存在するという。したがって、規模の経済が存在すれば、大量生産によって利益が生ずる。規模の経済が発生する最も重要な理由は、不可分性と分業の利益である。たとえば鉄鋼業における高炉のように、ある種の生産要素は最も効率的な生産規模が技術的に決まっており、その半分の生産規模をもつ高炉では、効率的な生産が行えず費用が高くなる。『世界大百科事典』第2版 [https://kotobank.jp/word/%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88-2671 規模の経済(きぼのけいざい)とは - コトバンク]</ref>が生産を、より多くの労働者のい力を擁する初期の工場への行が行われそれら機械工場の設備がガラスおよび大量生産を開めた時に、すると必要になった。英語版{{citation needed|date=October 2016}}これらの量は、価格を変化させることがある英語版{{citation needed|date=October 2016}}
 
1830年以前のアメリカでは、瀝青炭の採掘はほとんど採掘さ行われず、そして初期アメリカ産業革命初期の燃料 - である[[無煙炭]]市場に送られる前にとんど処理ぼ加工されることがなかったが、それ(この市場おもに[[錬鉄]]生産製造する鉄工所および鍛冶場であった坑夫自身は、[[大型ハンマー]]を使って石炭の大きな塊を粉砕し、それから歯が2インチ間隔の[[熊手]]を使って船積みのために石炭のより大きな塊を表面まで集めた<ref name="Korson">Korson, George Gershon. ''Black Rock: Mining Folklore of the Pennsylvania Dutch.'' Manchester, N.H.: Ayer Publishing, 1950. {{ISBN|0-405-10607-6}}</ref>。というのも、それは、鉱山の外に出るために背中に掛けたり、あるいは駄獣の上に掛けたりできて、サックのようなバッグにぎっしり詰める最も容易な方法であった。英語版{{citation needed|date=October 2016}}
坑内で鉱山労働者は大型ハンマーで大きな石炭の塊を砕くと、5センチ間隔の歯を備えた熊手で大きめの破片を集めて、地表へと移送した<ref name="Korson">Korson, George Gershon. ''Black Rock: Mining Folklore of the Pennsylvania Dutch.'' Manchester, N.H.: Ayer Publishing, 1950. {{ISBN|0-405-10607-6}}</ref>。小さな破片は売り物にならないと見なされ、坑内に残された<ref name="Korson" />。
 
石炭のより小さな塊は、売り物にならないと見なされて、鉱山に残された<ref name="Korson" />。1830年ころから、アメリカにおける石炭の表面処理東海岸のさまざまな運河計画と同時起こり始め合わせて、石炭の表面処理が行われるようになった。アメリカのうした動きはイギリスに比べると遅らの発達はており、ヨーロッパ大陸様な発達のタイミングにもっとよく一致したイギリスに後れをと時期であった。国土から森林を伐採しが失われつつあっ風景をもつイギリスは他国よりっと早く経済的選択肢な代替燃料つけねばする必要があった、という単純らず事情があり、石炭・鉄・機械の技術開発が促進された結果最終的には、そして道や1860年代の鉄道と初期の工業に生まれた化学(infant industrial chemicals industries)に結局つなる機械の発達を、刺激しもたらされた。石炭の塊はた鋳鉄の板の上にかれ、そして「ブレーカー」("breakers")はと呼ばれた労働者が、石炭をハンマーで、穴を通って落ちくらいほど小さくなるまでハンマーで砕いた<ref name="Korson" />。第2の[[篩]](ふるい)は、]]が穴から落ちてきた石炭を受け、そし止め売り物にならないよりほど小さな破片取り除く振るい落とすために揺り動かされた(これには人の動物、蒸気、あるいは水力によっが動力源とし用いられた)<ref name="Korson" />。この「砕さを揃えた石炭は発火点を超えた後は手間もかからず燃焼するため砕いてふるいにかけた」("broken and screened")石炭は、砕いた」("broken")だけの石炭あるいは塊の石炭の塊よりも、一様な寸法のためにいったん発火点を超えるとより容易につ面倒を見ず燃えるので断然、価値が高かった。
 
== ブレーカー・ボーイの使用 ==