「トラヴィス (バンド)」の版間の差分

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| Genre = [[オルタナティヴ・ロック]]<br />[[ブリットポップ]]<br />[[:en:Post-Britpop|ポスト・ブリットポップ]]
| Years_active = [[1990年]] -
| Label = [[Epic Recordsエピック・レコード|Epicエピック]]<br />[[Sonyソニー・ミュージックエンタテインメント (米国)|ソニー BMG]]
| Associated_acts =
| URL = [https://www.travisonline.com/ www.travisonline.com]
 
[[1998年]]に渋谷クラブクアトロなどで初来日公演を行い、[[2001年]]と[[2008年]]に[[フジロック・フェスティバル]]に、[[2003年]]と[[2007年]]は[[サマーソニック]]に出演している。
 
== メンバー ==
*[[フラン・ヒーリィ]] (''Fran Healy'') -[[ボーカル]]、[[ギター]]
*アンディ・ダンロップ (''Andy Dunlop'') -[[ギター]]、[[バンジョー]]
*ダギー・ペイン (''Dougie Payne'') -[[ベース (弦楽器)|ベース]]、バックボーカル
*ニール・プリムローズ (''Neil Primrose'') -[[ドラムセット|ドラム]]
 
== 歴史 ==
=== バンド結成 ===
グラスゴーのアート・スクールの学生だったフラン(vo,G)・ヒーリィ(ボーカル、ギター)は、当時学生のたまり場だったバーで働いていたニール(Dr)・プリムローズ(ドラム)と出会い、彼のバンドグラス・オニオンからボーカリストとして誘われる。そのバンドには他に、同じアートスクールに在籍していたアンディ・ダンロップ(ギタ(G)と、マーティン兄弟(B,Key)(ベース、キーボード)がいた。フランを加えたバンドは、1994年ごろ、[[1984年]]の[[ヴィム・ヴェンダース]]監督作、映画『[[パリ、テキサス]]』からインスピレーションを受け、バンド名を映画の主人公からとって「トラヴィス」と改名する。
 
[[1995年]]、ラジオで演奏した彼らのセッションがレコード会社の目に留まり、それがきっかけで翌年に[[ソニー]]と契約するも同年に音楽性の違いからマーティン兄弟が脱退。急遽ベーシストとしてフランの友達で同じアートスクールの学生だったダギー(B)・ペインが加入。6月に4人組になったトラヴィスは[[ロンドン]]へと移り、本格的なバンド活動を開始した。
 
=== デビュー〜『グッド・フィーリング』 ===
[[1996年]]、デビューシングル「オール・アイ・ウォント・トゥ・ドゥ・イズ・ロック」をリリース。[[オアシス (バンド)|オアシス]]の[[ノエル・ギャラガー]]がトラヴィスのファンであると告白したことで注目すべき新人バンドのひとつとして話題になる。そして[[1997年]]9月、そのオアシスの全英ツアーの前座に抜擢された。この月にリリースされたデビュー・アルバム『グッド・フィーリング』は、オアシス路線ともいえるパワフルなロックを鳴らしてアルバム・チャート初登場9位を獲得。新人バンドとしては上出来な滑り出しをみせる。
そして[[1997年]]9月、その[[オアシス (バンド)|オアシス]]の全英ツアーの前座に抜擢された。
この月にリリースされたデビュー・アルバム『グッド・フィーリング』は、オアシス路線ともいえるパワフルなロックを鳴らしてアルバム・チャート初登場9位を獲得。新人バンドとしては上出来な滑り出しをみせる。
 
=== 『ザ・マン・フー』 ===
[[2000年]]、世界の優れたソングライターに送られる賞、アイヴァ・ノヴェロ・アウォーズのソングライター・オブ・ザ・イヤーにフランが選ばれ、さらに[[ブリット・アワード]]でベスト・バンド、ベスト・アルバム両賞を獲得。[[グラストンベリー・フェスティバル]]には[[ヘッドライナー (コンサート)|ヘッドライナー]]として出演するなど、名実ともにUKシーンのトップバンドの仲間入りを果たした。
 
[[2001年]]6月、サード・アルバム『インヴィジブル・バンド』をリリース。よりアコースティックな色合いを強めたこのアルバムで、全英アルバム・チャートにて堂々の初登場1位を達成。セールスも英国内だけでミリオンを突破し全世界で300万枚を記録した。アルバムは「トップ・オブ・ザ・ポップス」の年間最優秀賞を受賞、さらにシングルの「シング」は、その年の上半期で最も多くラジオで流された曲となり、バンド最大のヒット曲になった。同年7月には[[フジロックフェスティバル]]出演で2度目の来日。全英アリーナ・ツアーも大成功させるなど、バンドは絶頂期を迎える
同年7月には[[フジロック・フェスティバル]]出演で2度目の来日。全英アリーナ・ツアーも大成功させるなど、バンドは絶頂期を迎える。
 
=== 『12メモリーズ』〜『シングルス』 ===
しかし事故から1年、ニールは見事な回復をみせて復帰を果たし、同時にバンドも解散の危機を乗り越え再始動。中小規模のライブ活動を行いながらセルフ・プロデュースのアルバム制作を進めた。
 
[[サマーソニック]]出演で3度目の来日を済ませた後の[[2003年]]10月、4枚目のアルバム『12メモリーズ』を発表。先行シングルの「リ・オフェンダー」や「ビューティフル・オキュペイション」などで[[ストリングス]]や[[ピアノ]]を大幅に導入したり、歌詞に社会色・政治色を強く打ち出すなど所々に新たな試みが見受けられるが、全編が暗く陰鬱なトーンで覆われた仕上がりだったためか、全英チャートで3位に入ったもののセールス的には伸び悩んだ(さらにフランが体調を崩したことで来日公演も中止となるなど、バンドにとっては大きな試練の時期であった)。後にフランは「ダークでエッジーな社会性の濃い作品は、僕らには不得手だと痛感したよ。12メモリーズは好きだし否定するつもりもないけど、こういうのは[[レディオヘッド]]に任せるべきだったんだよね?」と冗談まじりに語っている。
 
翌[[2004年]]にこれまでの歩みを総括したベスト盤『シングルス』を発売し、キャリアに一区切りをつけた。
 
=== 『ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム』『オード・トゥ・ジェイ・スミス』『ウェア・ユー・スタンド』 ===
ベスト盤以降長らく沈黙していたバンドが、再びナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えて製作した5thアルバム『ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム』(全英4位)をリリースしたのは前作から4年後の[[2007年]]であった。アルバムは、ストイックだった前作から一転して、美しく優しいメロディが全体にあふれた内容となった。
 
このアルバムリリースに伴って同年の[[サマーソニック]]ソニックステージのトリとして出演。翌[[2008年]]の[[フジロック]]フェスティバルで再来日、翌日には[[韓国]]に移動し、06年から[[仁川広域市|仁川]]で毎年開催されている[[ペンタポート・ロック・フェスティバル]]の2日目メインステージの[[ヘッドライナー]]を務めた。
 
『ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム』リリースにともない久々の大規模ツアーを敢行したバンドは、その余勢を生かしライブ・テイクを中心としたレコーディングを進めた。そして[[2008年]]9月、前作からわずか1年弱という異例のスパンで6thアルバム『オード・トゥ・ジェイ・スミス』を発表。今作から、バンドは長らく在籍したインディペンディエンテ・レコードを離れ1996年にデビューEPを発表した自主レーベルからのリリースを開始することとなった。以前のトラヴィスにはなかったヘヴィなロック色が非常に濃い仕上がりとなったためか、アルバムは全英20位と伸び悩み、アルバムからのシングルも全英トップ100入りを逃している。<br />ちなみに、このリリースにともない、1998年以来実に10年ぶりとなる単独来日公演が[[2009年]]2月に実現した。
 
『オード・トゥ・ジェイ・スミス』からおよそ5年後には、新アルバムウェア・ユー・スタンドをリリース。UK全英チャート3位を記録した。
 
== 音楽的評価 ==
* 地元[[スコットランド]]を中心に、英国を代表するバンドのひとつとして国民的人気を誇る。彼らの楽曲「ホワイ・ダズ・イット・オールウェイズ・レイン・オン・ミー?」は、Virgin Radioが発表した「過去10年間で最も重要な曲ベスト100」の5位にランクインされている(ちなみに1位は[[オアシス (バンド)|オアシス]]の「[[ワンダーウォール]]」、[[レディオヘッド]]の「[[クリープ (レディオヘッドの曲)|クリープ]]」は6位、[[ブラー]]の「パークライフ」は8位)。
* [[ブリット・ポップ]]ブーム終焉後のUKシーンの潮流を、『O.K.[[OK コンピューター]]』発表以降の[[レディオヘッド]]と共に、エモーショナルな内省路線に移行させた存在として評価されている。その後、[[コールドプレイ]]、[[スノウ・パトロール]]、[[キーン (バンド)|キーン]]、[[アスリート (バンド)|アスリート]]といった諸バンドや、[[ジェームス・ブラント]]といったミュージシャンの活躍を助長する土壌を育んだ功績は大きいといわれている。一方で当時の音楽界を湿っぽくした張本人であるという声もあり、こういった音楽に不満だったロック・ファン達のフラストレーションが、後の[[ストロークス]]登場に始まる[[ロックンロール・リバイバル]]ブームの拡大を助勢したともいわれている。
 
* [[ブリット・ポップ]]ブーム終焉後のUKシーンの潮流を、『O.K.コンピューター』発表以降の[[レディオヘッド]]と共に、エモーショナルな内省路線に移行させた存在として評価されている。その後、[[コールドプレイ]]、[[スノウ・パトロール]]、[[キーン (バンド)|キーン]]、[[アスリート (バンド)|アスリート]]といった諸バンドや、[[ジェームス・ブラント]]といったミュージシャンの活躍を助長する土壌を育んだ功績は大きいといわれている。一方で当時の音楽界を湿っぽくした張本人であるという声もあり、こういった音楽に不満だったロック・ファン達のフラストレーションが、後の[[ストロークス]]登場に始まる[[ロックンロール・リバイバル]]ブームの拡大を助勢したともいわれている。
 
== その他のエピソード ==
* トラヴィスは非常に礼儀正しく性格のいいバンドとして知られ、特にフランはロック・ミュージシャンとしては粗暴な言動がひとつもなく、売れても尊大な態度を全くとらない人格者として人望が厚い。
 
* そのフランが『インヴィジブル・バンド』リリース時に宣言した、「'''バンドよりも作品の方が大切。残ってゆくのはバンドではなくて楽曲だけでいい'''」という台詞は彼らを象徴する名言としてしばしば引用される。
*[[フィーダー (バンド)|フィーダー]]の5thアルバム『[[プッシング・ザ・センシズ]]』収録の「Tumble And Fall」という曲には、フランとダギーがコーラスでゲスト参加している。これは、メンバーが新曲のレコーディングをしていた際、偶然、同じスタジオに居合わせた[[フィーダー (バンド)|フィーダー]]に誘われたことで実現したものであった。
 
*バンドの代表曲のひとつである「ホワイ・ダズ・イット・オールウェイズ・レイン・オン・ミー?」は、日本の雑誌等で、しばしば「'''雨歌'''」と通称される。カタカナ表記では長くなってしまうためでもあるが、端的な通称として好まれている。ほかに略称で「レイン」とか「レイン・オン・ミー?」などと呼ばれることもあるが定着はしていない。ちなみにライブのラストはこの「雨歌」で締められることがほとんどで、その際は大きな縦ノリが起こることも定番である。
*[[フィーダー (バンド)|フィーダー]]の5thアルバム『[[プッシング・ザ・センシズ]]』収録の「Tumble And Fall」という曲には、フランとダギーがコーラスでゲスト参加している。これは、メンバーが新曲のレコーディングをしていた際、偶然、同じスタジオに居合わせた[[フィーダー (バンド)|フィーダー]]に誘われたことで実現したものであった。
**過去2度出演した[[フジロックフェスティバル]]においては、いずれも降雨の中でこの雨歌が演奏されている。特に[[2008年]]のステージにおいては、「ビューティフル・オキュペイション」のイントロ演奏を始めておきながら、途中から雨が降り出すや演奏を中断してセットを雨歌に切り替えるなど、天然の演出を逆手にとる程のこだわりっぷりであった。
 
*『ザ・マン・フー』からのシングルである「ライティング・トゥ・リーチ・ユー」は[[オアシス (バンド)|オアシス]]への[[オマージュ]]が基になった曲である。実際、歌詞には「ワンダーウォール」という単語が登場し、イントロも 「ワンダーウォール」に酷似したコード進行である。後に、その楽曲のクオリティも含め[[ノエル・ギャラガー]]の公認を受けている。
*バンドの代表曲のひとつである「ホワイ・ダズ・イット・オールウェイズ・レイン・オン・ミー?」は、日本の雑誌等で、しばしば「'''雨歌'''」と通称される。カタカナ表記では長くなってしまうためでもあるが、端的な通称として好まれている。ほかに略称で「レイン」とか「レイン・オン・ミー?」などと呼ばれることもあるが定着はしていない。ちなみにライブのラストはこの「雨歌」で締められる事がほとんどで、その際は大きな縦ノリが起こることも定番である。
*2001年に、英国のテレビ番組[[トップ・オブ・ザ・ポップス]]に出演して「シング」をスタジオで披露した際、彼らは「シング」のPVにならって、なんと演奏中にパイ投げをやりだし、メンバー全員ぐちゃぐちゃになるという[[ザ・ドリフターズ]]顔負けの茶目っ気をみせたことがある (観客を巻き込んでのパイ投げの応酬の中、顔を真っ白にしたフランは、メンバーの容赦ない攻撃にも屈せず最後まで熱唱した)
**過去2度出演した[[フジロック]]においては、いずれも降雨の中でこの雨歌が演奏されている。特に[[2008年]]のステージにおいては、「ビューティフル・オキュペイション」のイントロ演奏を始めておきながら、途中から雨が降り出すや演奏を中断してセットを雨歌に切り替えるなど、天然の演出を逆手にとる程のこだわりっぷりであった。
 
*『ザ・マン・フー』からのシングルである「ライティング・トゥ・リーチ・ユー」は[[オアシス (バンド)|オアシス]]への[[オマージュ]]が基になった曲である。実際、歌詞には「ワンダーウォール」という単語が登場し、イントロも 「ワンダーウォール」に酷似したコード進行である。後に、その楽曲のクオリティも含め[[ノエル・ギャラガー]]の公認を受けている。
 
*2001年に、英国のテレビ番組「[[トップ・オブ・ザ・ポップス]]」に出演して「シング」をスタジオで披露した際、彼らは「シング」のPVにならって、なんと演奏中にパイ投げをやりだし、メンバー全員ぐちゃぐちゃになるという[[ザ・ドリフターズ]]顔負けの茶目っ気をみせたことがある。(観客を巻き込んでのパイ投げの応酬の中、顔を真っ白にしたフランは、メンバーの容赦ない攻撃にも屈せず最後まで熱唱した。)
 
*『12メモリーズ』収録の楽曲「ピース・ザ・ファック・アウト」のラスト数十秒に入っている、「Peace The Fuck Out!」という合唱は、バンドの地元である[[グラスゴー]]の名門サッカークラブ・[[セルティックFC|セルティック]]のサポーターたちの声であり、録音はホームスタジアムである[[セルティック・パーク]]にて行われた。
 
*『ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム』は、[[2005年]]に[[脳腫瘍]]で亡くなった、イギリス出身の元[[世界ラリー選手権|世界ラリー選手権(WRC)]]王者、[[リチャード・バーンズ]]に捧げられている。
 
*[[スピッツ (バンド)|スピッツ]]の[[草野マサムネ]]は、[[2008年]][[11月]]に発売したシングル「[[若葉 (スピッツの曲)|若葉]]」についてのインタビューで[[マンドリン]]を取り入れたことに関して、「この曲はラジオで聴いたトラヴィスの曲にインスパイアされて作った」と語っている。
 
*ライブでは、アカペラを披露することもある。
*フラン・ヒーリーは、かつて[[リアム・ギャラガー]]を涙させた逸話について明かしている。901990年代にオアシスと共にツアーを回っていた時にバンドの“Luv”「Luv」を歌ってリアム・ギャラガーを泣かせたことがあると明かしている。 「僕らは1997年にオアシスの『[[ビィ・ヒア・ナウ]]』ツアーのサポート・アクトを務めたんだ。ザ・[[ローリング・ストーンズ]]のサポートをしている気分だったね。彼らは当時すごくビッグだったからね」「僕がバックステージを歩いていると、リアムが座っていて、『こっちに来いよ』って言われたんだ。それで僕が彼のところへ行くと、『曲を弾いてくれよ』って言われてね」 「とても緊張したけど、ギターを手にとって曲を歌ったんだ。緊張で彼のほうを見れなかったよ。弾き終わった後で顔を上げたら、彼の頬に涙が流れていたんだ」と回想した。
 
== メンバー ==
*[[ フラン・ヒーリィ]] (''Fran Healy'') - [[ボーカル]]、[[ギター]]
* アンディ・ダンロップ (''Andy Dunlop'') - [[ギター]]、[[バンジョー]]
* ダギー・ペイン (''Dougie Payne'') - [[ベース (弦楽器)|ベース]]、バックボーカル
* ニール・プリムローズ (''Neil Primrose'') - [[ドラムセット|ドラム]]
 
== ディスコグラフィ ==
{{Main|トラヴィスの作品}}
 
=== アルバム ===
*グッド・フィーリング』 - ''Good Feeling'' ([[1997年]]) - 全英9位
*ザ・マン・フー』 - ''The Man Who'' ([[1999年]]) - 全英1位、全米135位
*インヴィジブル・バンド』 - ''The Invisible Band'' ([[2001年]]) - 全英1位、全米39位
*12メモリーズ』 - ''12 Memories'' ([[2003年]]) - 全英3位、全米41位
*シングルス』 - ''Singles''(ベストアルバム) ([[2004年]]) - ※コンピレーション・アルバム。全英4位
*ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム』 - ''The Boy With No Name'' ([[2007年]]) - 全英4位、全米58位
*オード・トゥ・ジェイ・スミス』 - ''Ode To J.Smith'' ([[2008年]]) - 全英20位、全米122位
*ウェア・ユー・スタンド』 - ''Where You Stand'' ([[2013年]]) - 全英3位
*エヴリシング・アット・ワンス』 - ''Everything At Once'' ([[2016年]]) - 全英5位
*10ソングス』 - ''10 Songs'' ([[2020年]]) - 全英5位
 
=== シングル ===
== 外部リンク ==
* [https://www.travisonline.com/ 公式ウェブサイト]{{en icon}}
* [https://wmg.jp/travis/ ワーナーミュージック・ジャパン - トラヴィス]
 
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