「洪川韓国兵士脳腫瘍死亡事件」の版間の差分

編集の要約なし
A兵士には両親と姉がおり、A兵士が5歳の時に父は交通事故で障害を患い、家計が傾いた<ref name=":0" />。そのため母は工場員や電話相談員などの仕事をし、家計を支えており、A兵士は母を助けるために肉体労働などの仕事を行なっていた<ref name=":0" />。
 
2016/1/16、2011年に[[論山市|論山]]訓練所にて髄膜炎で死亡したB訓練兵の母主導の下、[[ソウル特別市]][[西大門区]][[峴底洞]]に「軍被害治癒センター」が設立された<ref name=":2">{{Cite web|title=&quot;국방부 말 듣지 말라고 장례식 쫓아다닐 것&quot;|url=https://www.pressian.com/pages/articles/132590|website=www.pressian.com|date=2016-01-16|accessdate=2021-05-10|language=ko}}</ref>。開所式にはA兵士の母と姉、B訓練兵の母、[[漣川後任兵暴行致死事件|漣川 一等兵いじめ殺人事件]]の被害者 C一等兵の母、2015/4の軍内性的暴行事件の被害者で当時治療中のD兵士とその父が参加した<ref name=":2" />。
 
== 関連項目 ==
匿名利用者