「続拾遺和歌集」の版間の差分

出典・脚注追加。
m (最初の見出しが =3つ)
(出典・脚注追加。)
 
『'''続拾遺和歌集'''』(しょくしゅういわかしゅう)は、「二十一代集」中、12番目の[[勅撰和歌集]]。20巻。[[建治]]2年(1276年)[[亀山天皇|亀山上皇]]の命によって編纂が開始され、[[弘安]]元年([[1278年]])に奏覧された<ref name=":0">{{Cite|和書|author=日本古典文学大辞典編集委員会|title=日本古典文学大辞典第3巻|date=1984-04|publisher=岩波書店|pages=410-411|ref=harv}}</ref>。ただし、下命は文永11年(1274年)だった可能性もある<ref name=":0" />。選者は[[二条為氏]]<ref name=":0" />。和歌所は源兼氏だったが、その死に伴い、慶融が担当した<ref name=":0" />
 
[[建治]]2年(1276年)[[亀山天皇|亀山上皇]]序はない<ref name=":0" />。流布本命によって編纂が開始され、[[弘安]]元年([[1278年]])に奏覧された撰者収録歌[[二条為氏]]1461首<ref name=":0" />。部立は春上下・夏・秋上下・冬・雑春・雑秋・羈旅・賀・恋1~5・雑上中下・釈教・神祇である<ref name=":0" />。主な歌人は、[[藤原為家]](43首)・[[後嵯峨天皇|後嵯峨上皇]]・[[藤原為家]](33首)・[[藤原定家]](29首)・[[西園寺実氏]](28首)・[[藤原俊成]](22首)・[[藤原信実]](21首)などで、約1500首を収め。序はない<ref name=":0" />。[[武士]]の歌が約80首録さめられているおり、「鵜舟集」の異名があった<ref name=":0" />
 
歌風は『[[続後撰和歌集]]』の平淡な歌風を継承した、優雅で穏健な歌風と評される<ref name=":0" />。
; 注解
*『続拾遺和歌集 [[和歌文学大系]]7』[[明治書院]] 2002。小林一彦注解
 
== 校訂本 ==
{{勅撰集}}
 
* [[小林一彦]]注解『続拾遺和歌集 [[和歌文学大系]]7』[[明治書院]] 2002。小林一彦注解
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}{{勅撰集}}
{{lit-stub}}
{{DEFAULTSORT:しよくしゆういわかしゆう}}