「2A3コンデンサトール 406mmカノン砲」の版間の差分

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{{戦闘車両
| 名前=2A3 コンデンサトール 2P
| 画像=[[File:2A3 Kondensator.jpg|280px300px]]
| 画像の説明=
| 全長=20メートル20m
| 全幅=3.08メートル08m
| 全高=5.75メートル75m
| 重量=64t
| 乗員数=8名
| 出典=ソ連・ロシア軍装甲戦闘車両クロニクル
}}
'''2A3 コンデンサトール 2P'''({{lang-ru|2А3 «Конденсатор»}})とは、[[ソビエト連邦]]で開発された406mmカノン砲を搭載する[[自走砲]]である。
 
2A3とは[[ロシア連邦国防省ロケット・砲兵総局|GRAU]]による呼称である。“{{lang|ru|Конденсатор}}”とは、[[復水器]]を意味する。
 
== 概要 ==
2A3 コンデンサトール 2Pは、[[冷戦]]の初期に開発された車輛である。これは[[アメリカ合衆国]]が、新規な戦術[[ドクトリン]]に基づき、[[ペントミック]]師団と呼ばれる、核[[砲兵]]部隊を含む[[核兵器]]を重点的に運用する部隊を創設したことが原因であった。[[核砲弾]]を運用する[[M65 280mmカノン砲]]は1952年に開発され、1953年には[[西ドイツ]]に配備展開された。この対応として、ソビエト連邦は、核砲弾を発射可能な406mm自走砲を開発する独自の計画を開始した。この計画によって開発された大口径自走砲の開発計画およびそれによって開発された車両は「オブイェークト271」({{lang-ru|Объект 271}})と呼称された<ref>{{cite web|url= http://www.fas.org/man/dod-101/sys/land/row/2p.htm |title= Kondensator 2P|accessdate= 2017年10月3日}}</ref>。
 
グラビン設計局では1955年に砲本体とその運用システムを完成させた。その後すぐ、[[JS戦車|IS重戦車シリーズ]]の走行装置を流用して設計されたオブイェークト271の車体が、[[サンクトペテルブルク|レニングラード]]に所在するコトリン設計局にて完成された。砲と車体を結合したものには軍事工業呼称“2A3”が与えられ、1956年、レニングラードのキーロフ工場にて完成した。総生産数はわずか4輌である<ref>{{cite web|url= http://www.russianwarrior.com/STMMain.htm?1947vehicle_kondenhist.htm&1 |title= History, Development, and Use of the 2A3 'Kondensator 2P' Howitzer|accessdate= 2017年10月3日}}</ref>。
 
[[西側諸国]]のオブザーバーは、1957年、[[赤の広場]]において行われた軍事パレードでこの新兵器を最初に目撃することとなった。当初オブザーバーたちは この兵器は抑止効果のためのモックアップとして作られたものであると考えた。
 
コンデンサトールは1956年から実用試験が開始されたが、その期間は例外的に短いものとなった。開始後ほどなく[[ニキータ・フルシチョフ]]の軍改革がおこなわれ、軍の改革は、陸上発射式の核兵器の運用には、[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]時代に形成された超重砲兵および[[重戦車]]部隊に代わり、より効果的なロケット(ミサイル)システムを選ぶものであった<ref>[http://www.mundosgm.com/smf/index.php?topic=3131.20;wap2 ''Armas "raras" de la Guerra Fria''] 2017年10月3日閲覧</ref>。コンデンサトールは兵装の広汎な試験が行われた後、高度司令部砲兵隊の予備兵器に任命された。
 
== 関連項目 ==
{{commons|Category:2A3_Kondensator}}
* [[2B1オカ 420mm自走迫撃砲]]
* [[M65 280mmカノン砲]]
 
== 外部リンク ==
{{commons|Category:2A3_Kondensator}}
* [http://forum.valka.cz/viewtopic.php/t/20547 Numerous images of Kondensator systems on parade and surviving examples]