「ノート:梶原一騎」の版間の差分

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: 当該記述に関しては現時点では周辺評価に欠け、また不評が多数のようですので、重要ではない事柄として、記載の必要はないということでよろしいでしょうか。--[[利用者:Floe~jawiki|Floe~jawiki]]([[利用者‐会話:Floe~jawiki|会話]]) 2021年11月5日 (金) 09:21 (UTC)、2021年11月5日 (金) 10:07 (UTC)加筆
::ご理解ありがとうございます。正直、小島一志氏の『梶原一騎正伝』については[https://www.amazon.co.jp/%E7%B4%94%E6%83%85%E2%80%95%E6%A2%B6%E5%8E%9F%E4%B8%80%E9%A8%8E%E6%AD%A3%E4%BC%9D%E2%80%95-%E5%B0%8F%E5%B3%B6%E4%B8%80%E5%BF%97-ebook/dp/B08WCR3T8B/ref=pd_sim_3/355-9874992-6199152?pd_rd_w=A4ocr&pf_rd_p=e2d8154e-eaa7-4e5c-92b5-da933ded21eb&pf_rd_r=5VBDJVJ3VJT8CTC2DT42&pd_rd_r=65da3aac-d69a-4871-870e-2ab89126405f&pd_rd_wg=L7z8M&pd_rd_i=B08WCR3T8B&psc=1 amazonのレビュー]などを見る限り、「ノンフィクションとはいえない」という趣旨のレビューが極めて多いです。遺族である長男は具体的に『梶原一騎正伝』の名前は挙げていませんが、[https://twitter.com/JOE_ATproducts/status/1367102221381292037 「納得いかない。正しいかどうか確認もできずにそれを読んだ多くの人の中で歪められた形が真実になっていく」]とTwitter上で発言されていました。このツィートが2020年3月3日で、『梶原一騎正伝』の発売が同年2月25日。時期的に遺族は『梶原一騎正伝』に苦言を呈しながら無視したということだろうと私は理解していました。このほか『梶原一騎正伝』について私の知る限り、個人のブログなどとのぞき書評は見ていないですが、梶原一騎の出自に限らず、内容の全てについてソースとしては不適切でしょう。--[[利用者:ゆとりすけ|ゆとりすけ]]([[利用者‐会話:ゆとりすけ|会話]]) 2021年11月6日 (土) 07:38 (UTC)
::: {{コメント}} 一般論になってしまいますが、[[オーラル・ヒストリー]]の類においては意見の相違は珍しくなく、主観と客観の切り分けが重要とされています。口述は客観的な根拠としては薄弱(今回の件では小島もそれを傍証している)ですが、各人がどう認識していたかという主観においては、証言が直接的に得られている分には真であると言えますので、その点は留意すべきだと思います(証言を捏造・曲解しているといった主張がない限り)。
::::<small>[https://hdl.handle.net/10086/28656 山口;金 2017 p.19より引用]:<br/>「口述資料は信頼できる。しかし、それは異なった信頼性に基づいている。口述資料が重要なのは、それが事実どおりだからではなく、想像や象徴、願望の現れとして事実から距離を取っているからだ。だから、『間違った』口述資料などない。既に確立された文献的な史料批判の基準によって事実的な信頼性を確かめ、事実に基づいて立証すれば(それはどんな種類の資料であっても必要なことだ)、オーラル・ヒストリーの多様性は、事実としては『間違った』言明も、心理的には『本当』だというところにある。そして、この真実はおそらく、事実として信頼できる言葉と同じくらい重要なものだろう。」(ポルテッリ, 2016, p.94)</small>
:::今回の件では、その上で各人の認識がどういった重要性を持っていたのか、という評価の面が欠けているとの指摘をいただきましたので、その点で記載する意義に欠くかなと思いました。--[[利用者:Floe~jawiki|Floe~jawiki]]([[利用者‐会話:Floe~jawiki|会話]]) 2021年11月6日 (土) 11:49 (UTC)
 
== 作品の特色 ==