「液晶」の版間の差分

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== 概要 ==
液晶(Liquid Crystal)は、液体と[[結晶]]の間に出現する[[中間子の一覧|中間相]]の一種で、細長い[[分子]]や円盤状の分子が、分子の方向はある規則に従って並んでいるが、[[重心]]位置には[[結晶]]のような[[3次元]]秩序を持たない状態の総称である。液晶には様々な種類があり、それらの命名は液晶研究者により非系統的に行われていたが、[[2001年]]に[[国際純正・応用化学連合|IUPAC]](国際純正・応用科学連合)が国際液晶学会の協力の下に液晶関連の名称定義に関する勧告を公表している<ref name="IUPACLC">Definitions of Basec Terms RElating to Low-molar-mass and Polymer Liquid Crystals, IUPAC Recommendations 2001. Pure Appl. Chem., Vol. 73 No. 5, pp.845-895, (2001).</ref>。本稿での液晶の分類はそれに準じたものである。中間相には液晶の他に、結晶と同様の3次元的な重心秩序は存在するが、分子の方向はランダムである[[柔粘性結晶]](Plastic Crystal)がある。
 
液晶は分子の重心の規則性の程度において、[[重心]]位置の秩序が普通の液体と同様に存在しない[[ネマティック液晶|ネマチック液晶]]<ref group="注">Nematic液晶の日本語表記には「ネマチック」と「ネマティック」がある。日本液晶学会誌では2020年1月現在で「ネマチック」表記を用いている。これは文部省学術用語集 分光学編(S49年初版、H11年増改訂版)に従ったと考えられるもので、ここでもネマチック表記とする。スメクチック等も同様。</ref>、[[1次元]]の重心位置秩序を持つ[[スメクチック液晶]]、[[2次元]]の重心位置秩序を持つ[[カラムナー液晶]]に分類される。歴史的には、ネマチック液晶、スメクチック液晶に[[コレステリック液晶]]を加えた3分類が流布しており現在でも用いられているが、後述するようにコレステリック液晶はネマチック液晶に含まれるもので、重心秩序に基づく分類に、より科学的な根拠がある。
 
「ネマチック」という名称は[[ギリシア語]]の「糸」に由来し、ネマチック液晶を顕微鏡で観察すると、糸状の構造が見られることからフリーデルが命名した。分子の平均配向方向は文字nで表記され、配向ベクトル(Director)と呼ばれている。非[[極性]]であるので物理的にn=-nであることから、ベクトル表記はされない<ref name="液晶辞典">液晶辞典 日本学術振興会情報科学用有機材料第142委員会液晶部会編 培風館(1989) </ref>。
棒状分子が1方向に並んでいるので配向ベクトル方向とそれと垂直方向では、[[屈折率]]や[[誘電率]]が異なっている。N液晶は光学的1軸性物質で、棒状分子のN液晶は正の1軸性である。[[誘電率]]については、分子構造により、正の異方性のものも、負の異方性のものも存在する。
 
ネマチック液晶には流動性があり、液体と同様に形態変化しても元の形には戻らない。しかし、[[ベクトル|配向ベクトル]]の空間分布に関しては、全体で一様である方がエネルギー的に有利であるため、与えられた条件下で変形のエネルギーが最小となるような空間分布となる。ただし、局所的な配向変化を安定状態に引き戻す復元力は小さいため、外部電場の印加により容易に配向ベクトル方向を変化できる。[[電場]][[印加]]後は復元力により自動的に[[電場]][[印加]]前の状態へと復帰する。これを利用したのが[[液晶ディスプレイ]]である。
 
===重心位置に1次元周期構造(層構造)を持つ液晶相===
重心位置に1次元の周期構造を持つ液晶群はスメクチック液晶(Sm液晶)と呼ばれている。Sm相は1次元的な重心の周期構造(層構造)を持ち、結晶的な側面を持ち、液体やネマチック相のような流動性はない。[[シャボン玉|シャボン膜]]も[[両親媒性分子]]が層をなす構造となっており、Sm相の一種として考えることが出来る。スメクチック液晶の語源は[[石鹸|石けん]]を意味する[[ギリシア語|ギリシャ語]]に由来する<ref name="液晶辞典"/>。
 
Sm相は層内の分子の配置によりSmA、SmB、SmC,....と、さらに複数の状態に分類されている。命名は発見順になされており、液晶の状態を反映したものではない。かつて、Sm液晶とされていたものの中には、現在は別の名称が使われている物もある。
 
====CryB,CryG,CryH相====
層内でも六方格子を組んでおり、分子の重心位置にも3次元的な秩序がある。これらの相は液晶研究者が研究対称としていたためSm相として分類されていたが、2001年のIUPACの勧告以来、Cry相と呼ばれるようになっている。完全な[[結晶構造|結晶]]との違いは分子長軸回りの回転が止っていないことである。直鎖アルカンでは、液体と結晶の間にローテーター相と呼ばれる状態が存在するが、これらのCry相は直鎖[[アルカン]]のローテーター相に相当するものである。CryB相は分子は層法線ほうこうを向いているのに対して、CryG相とCryH相では分子は相法線から傾いている。CryBとSmB<sub>HEX</sub>は顕微鏡観察での区別が困難であるため、古い文献に記載されているSmBはSmB<sub>HEX</sub>の場合もCryBの場合も存在する。
 
====CryE,CryJ,CryK相====
 
==歴史<ref name="液晶の歴史">液晶の歴史 (朝日選書) D・ダンマー (著), T・スラッキン (著), 鳥山和久 (翻訳) 朝日新聞出版 (2011/8/10)</ref>==
液晶はオーストリアの植物生理学者 [[:en:Friedrich_Reinitzer|フリードリヒ・ライニッツァー]]によって、1888年に発見された<ref name="Reinitzer">F. Reinitzer, Monastshefte fur Chemie(Wien) Vol.9, 421-441(1888).</ref><ref group="注">英訳は Crytals That Flow Compiled with translation and commentary by T. J. Sluckin, D. A. Dunmur and H. Stegemeyer, Taylor & Fransis (2004)</ref>。ライニッツァーの論文以前に、現在の目からみると液晶を扱った論文もあるが、結晶と液体の中間状態としてきちんと認識されてはいなかった。ライニッツァーの研究の主題はコレステロールの分子構造の解明であり、精製のために合成した誘導体において二重の[[融点]]を見いだし、これが液晶の発見となった。その後、1920年代には、ジョージズ・フリーデルによって、ネマチック、スメクチック、コレステリックという3分類が提唱された<ref name="Friedel"> G. Friedel, Annales de Physique Vol. 18, 273-474(1922)</ref>。
液晶は、その後、[[物理化学]]、[[生物]]との関係などの観点から研究が続けられていたが、1960年代になって、コレステリック液晶を用いた温度分布の可視化といった応用研究が始り、1968年のRCAのジョージ・H・ハイルマイヤーらによる液晶ディスプレイの発表以来<ref name="Heilmeier">G. H. Heilmeier, Dynamic Scattering: A New Electrooptic Effect in Certain Classes of Nematic Liquid Crystals, Proc. I.E.E.E. [tel:56&#x20;1162-71 56 1162-71](1968).</ref>、応用面での研究が一気に開花した。
 
 
日本への液晶に関する知識の伝来は[[明治]]後期から[[大正]]初期に遡る。[[大幸勇吉]]の『物理化学』<ref name="物理化学">物理化学 大幸勇吉,「物理化学講義(中巻)」, p217(1908). 冨山房,東京.</ref>や[[片山正夫]]の『化学本論』<ref name="化学本論">化学本論 [[片山正夫]],「化学本論」, P.411 (1915).内田老鶴圃,東京.</ref>には液晶が紹介されている。この他、第二次世界大戦前の応用物理学会誌における山本健磨の解説<ref name="応物戦前">応物解説 山本健磨, 液晶(1-3), 応用物理, 6 , 234-240,290-293,340-343(1937)</ref>や、いくつかの書籍で液晶が取上げられている。日本語の「液晶」という用語については、山崎栄一の論文では「液晶または晶液」と<ref name="晶液">山崎 栄一,「液晶又は晶液精製の原理およびその性質につき」,日本化学会誌,43,134(1922).</ref>、定っていないが、液晶という表現が当時から主流である。苗村によると、RCAの発表直後に新聞当では訳語として「液体水晶」というものが使われたというが<ref name="苗村QA">苗村省平,「Q & Aファイル101 液晶が分かる本」, (2001).工業調査会,東京.</ref>、学会誌などに掲載された解説記事類には、その用例は見当らない<ref name= "鳥山">古畑芳男,鳥山和久,液晶再発見, 固体物理, 4, No.4, 32(1969) .</ref><ref group = "注">この文献以外に複数の文献があるがいずれも液晶という言葉が用いられている。</ref>。
RCAの発表以前には、液晶の研究は日本では殆ど行われていない。僅かに玉虫による論文や<ref name="VonBunichi">Von Bunichi Tamamushi, Bulletin of the Chem. Soc. Jpn., 9, 475(1934).</ref>、[[界面活性剤]]からみの論文が検索出来る程度である<ref name="可溶性">藤田 幸夫,赤穂 英輔,松村 忠男,三木 孝雄,「可溶化系の液晶に関する研究」,Journal of J. C.C.A. 1, 5(1963).</ref>。この点は、[[物理化学]]研究の伝統を持つ欧米とは大きく異なった状況にある。RCAの発表以後は国内で液晶研究が行われるようになるが、当初から、多くの企業研究者が参加していることに一つの特徴がある。これらの研究者の中には[[有機半導体]]の研究から移ったものもいる<ref name="紳士録">液晶紳士録 月刊ディスプレイ編集委員会編 液晶紳士随想録 テクノタイムズ社(2002)</ref>。
 
液晶に関する学術講演は、様々な学会で行われていたが、1975年に日本化学会第33秋季年会連合討論会合同大会で[[応用物理学会]]と[[日本化学会]]の共催により液晶討論会が開催され、液晶に関する発表が分野横断で行われる場となった。その後、連合討論会から離れた単独開催になり、1997年の[[日本液晶学会]]の設立にともない、1998年以降は日本液晶学会討論会として継続している。
「液晶ディスプレイの材料には[[イカ]]が使われている」という話と、「最初の液晶ディスプレイは、新人技術者の失敗から生まれた」という話が一部に出回っているが、これらは両方とも日本国内に限定されたもので、正しくない情報である。
 
1980年代に[[函館]]にあった[[日本化学飼料]]がイカの肝を原料としたダーク油からコレステリック液晶を製造販売していたのは事実である。また、この液晶をアクセサリーとして販売していた会社も存在する<ref name="実業">温度で七色に変化する“液晶”アイデアで用途は無限,新型商売特集号, オール生活 1979年11月増刊, 実業之日本(1979).</ref>。液晶ディスプレイにイカが使われているという話には2つの系統があり、一つは、コレステリック液晶を使ったカラーテレビという、まったく実現されなかった話で、もう一つは、TN型液晶ディスプレイにイカ由来の原料が使われているという話である。後者に関しては、TN型液晶ディスプレイでコレステロール[[誘導体]]が使用されていたのは事実であるが<ref name ="佐々木">佐々木昭夫,苗村省平 編,「液晶ディスプレイのすべて」, 工業調査会(1993).</ref>、イカ由来のコレステロール[[誘導体]]の使用は確認されていない。また、[[イカ墨]]が天然の液晶物質であるという話も流布しているが、これも事実ではない<ref name="イカ">石川 謙,液晶21巻 136(2017).</ref>。
 
液晶ディスプレイが新人の失敗から生れたという話は[[日本放送協会|NHK]]の[[プロジェクトX〜挑戦者たち〜|プロジェクトX]]が発祥と考えられる<ref name="Px">プロジェクトX挑戦者たち「液晶 執念の対決」,Kindle版, (2012), NHK出版, 東京)</ref>。当事者の記したものを調べると、プロジェクトX直後は、「大失敗」と表現されている事件は、2006年に公開された電気情報通信学会誌の記事では、『蓋を閉め忘れた液晶びんを見て、「しまった。空気中の水蒸気で[[シッフ塩基]]からなる液晶化合物が分解したかも知れない」と思うと同時に「そうだ、あの実験をやってみよう」と交流駆動の実験を行った』という話に<ref name="船田電">船田文明、薄型ディスプレイ事始め、電気情報通信学会誌 89号 735-739(2006) </ref>、2007年の応用物理学会では、発明の内容について「イオン性有機化合物の意図的な添加であった。このアイデアの基礎となった液晶緩和現象と分子運動については、フランスのde Gennesらの液晶研究グループにより詳細な理論的検討がなされており、この論文はこの発明の切っ掛けをあたえてくれた。」と、先行研究があったことが示され<ref name="船田応">船田文明 液晶イノベーション応用物理学会誌  Vol76. P462-471(2007)</ref>、さらに2013年の書籍では、「1970年にOrsay LC GroupがPRL(Physical Review Letters)に出した論文で、ある程度のイオンがあればDSMが交流で効率よく起こることが理論解析で示されていた。しかし、1グラム数万円の液晶に[[不純物]]を添加するという行動は躊躇し、なかなか実行できない日々が続いていた。「このような時に幸運が舞い込んだ。」加水分解によりイオン性不純物が生じる液晶のサンプル瓶の蓋が閉め忘れて置いてあるのを見いだし「これはひょっとすると液晶が加水分解をしてイオン性不純物が増して液晶の導電率を上げてOrsayグループの言う交流駆動の条件を満足しているかも知れない」と早速この材料で交流駆動実験を行った。」という内容に変容する<ref name="船田ディス">液晶ディスプレイ物語ー50年の液晶開発と未来に託す夢 小出直之編 エース出版(2013)</ref>。交流の方が優れているという論文は、「大失敗」の1年前には公表されており、液晶を開発していたグループも目にする時間は十分にある。新人の失敗というストーリーは放送のための演出と考えるのが妥当である。
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