「液晶」の版間の差分

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==歴史<ref name="液晶の歴史">液晶の歴史 (朝日選書) D・ダンマー (著), T・スラッキン (著), 鳥山和久 (翻訳) 朝日新聞出版 (2011/8/10)</ref>==
液晶はオーストリアの植物生理学者 [[:en:Friedrich_Reinitzer|フリードリヒ・ライニッツァー]]によって、1888年に発見された<ref name="Reinitzer">F. Reinitzer, Monastshefte fur Chemie(Wien) Vol.9, 421-441(1888).</ref><ref group="注">英訳は Crytals That Flow Compiled with translation and commentary by T. J. Sluckin, D. A. Dunmur and H. Stegemeyer, Taylor & Fransis (2004)</ref>。ライニッツァーの論文以前に、現在の目からみると液晶を扱った論文もあるが、結晶と液体の中間状態としてきちんと認識されてはいなかった。ライニッツァーの研究の主題はコレステロールの分子構造の解明であり、精製のために合成した誘導体において二重の[[融点]]を見いだし、これが液晶の発見となった。その後、1920年代には、ジョージズ・フリーデルによって、ネマチック、スメクチック、コレステリックという3分類が提唱された<ref name="Friedel"> G. Friedel, Annales de Physique Vol. 18, 273-474(1922)</ref>。
液晶は、その後、[[物理化学]]、[[生物]]との関係などの観点から研究が続けられていたが、1960年代になって、コレステリック液晶を用いた温度分布の可視化といった応用研究が始り、1968年のRCAのジョージ・H・ハイルマイヤーらによる液晶ディスプレイの発表以来<ref name="Heilmeier">G. H. Heilmeier, Dynamic Scattering: A New Electrooptic Effect in Certain Classes of Nematic Liquid Crystals, Proc. I.E.E.E. [tel:56&#x20;1162-71 56 1162-71](1968).</ref>、応用面での研究が一気に開花した。
 
液晶に関する国際会議は1965年に[[ケント州立大学|Kent State University]]で開催され、2回目は1968年に同じ場所で開催された後は、2年ごとに開催地を変えておこなわれている。[[日本]]では1980年に[[京都市|京都]]、2000年に[[仙台市|仙台]]、そして、2018年に再び京都で開催されている。国際液晶学会は液晶の国際会議に遅れて[[1990年]]に組織された。国際液晶会議は、液晶全般について扱っているが、よりテーマを絞った内容の会議も行われている。
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