「ウスタシャ」の版間の差分

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== 概要 ==
[[第一次世界大戦]]後に誕生した[[ユーゴスラビア王国]]は、建国当初から[[セルビア人]]によって国の中枢が占めらており、民族意識が強いクロアチア人の反発が絶えなかった。ウスタシャはクロアチア人のこうした反セルビア感情につけ込んで勢力を伸ばした。打倒セルビアのためには暴力も厭わないパヴェリッチは民族意識を煽り、同じくユーゴスラビア政府と対立していた[[ブルガリア]]の[[内部マケドニア革命組織]]などと連携し、ユーゴスラビア政府に関係する機関へ[[テロ]]を繰り返した。
 
ウスタシャと内部マケドニア革命組織の協力によるテロとして、[[1934年]]に当時のユーゴスラビア国王[[アレクサンダル1世 (ユーゴスラビア王)|アレクサンダル1世]]がフランス訪問中に暗殺されるという事件が起きている。ユーゴスラビア政府はウスタシャを取り締まったが、その後もクロアチア人によるテロは止むことがなかった。
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