「孝謙天皇」の版間の差分

(関連項目、称光天皇を追加)
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=== 孝謙天皇としての治世 ===
[[天平勝宝]]元年(749年)に父・聖武天皇の譲位により即位した。治世の前期は[[皇太后]](光明皇后)が後見し、[[皇后宮職]]を改組した[[紫微中台]]の長官で、皇太后の甥にあたる[[藤原仲麻呂]]の勢力が急速に拡大した。
 
天平勝宝8歳(756年)5月2日に父の聖武上皇が崩御し、[[新田部親王]]の子である[[道祖王]]を皇太子とする[[遺詔]]を残した。しかし翌天平勝宝9歳(757年)3月、孝謙天皇は皇太子にふさわしくない行動があるとして道祖王を廃し、自身の意向として[[舎人親王]]の子[[淳仁天皇|大炊王]]を新たな皇太子とした。この更迭劇には、孝謙天皇と仲麻呂の意向が働いたものと考えられている<ref>渡辺、287-290p</ref>。