「ハイナ島」の版間の差分

m
m (Botによる: {{Normdaten}}を追加)
第II期の土偶になると、製作時に型を使うようになって、生産力の増大がみられる。土偶を型で作ると、表面に刻線がつけたり、薄い粘土の粒やひも、飾りが付けられる。一方、第I期にみられたような職人的な技や芸術性が薄くなり、独自性や斬新さも少なくなっている。
 
カンペチェ期の土偶は、すべてを型によって作り、しばしば表面に漆喰を施すものがみられる。[[ショチケッアツァル]]か[[イシュ・チェル]]といった女神を表現したであろう腕を高く上げた女性の立像が圧倒的であって、ほかのすべての主題を合わせたよりも多い。こういった土偶は、副葬品でもあることから埋葬儀礼にも大きく影響を与えていたと推察される。
 
このコーソンの編年については、内容はともかく年代の設定については、多くの研究者の意見は決定的に異なっており、手づくねの土偶の年代はおおむね古典期前期(紀元250年 - 600年ないし650年)に置かれ、型を用いて作られているものは、古典期後期から後古典期とされている。古典期前期の土偶は、手づくねで作られ、内部までそのまま粘土のかたまりとなっている。この時期の土偶は、表面に線を刻み、何かで押すか刺すかした穴がつけられ、粘土粒や粘土ひもの貼り付けや彩色が施されている。職人的な技能が注ぎ込まれ、美術的にも高く評価されているこの時期の土偶は、コーソンのI期の内容に相当している。