「安珍・清姫伝説」の版間の差分

en:Kiyohime (959750574版) より画像複写({{wide image}}, file:Dojoji engi emaki - p2.png, p4.png の2点, 両キャプションを和訳). 元亨釈書の原文(寛永1/1624年版と、『燕石十種』「道成寺考」にあるテキスト復刻のひとつ)
(縁起絵巻:後小松・土佐光重の筆・1403年成立と寺伝ではされているが、鑑定は15世紀後半/16世紀前半である。初成立.酒井家旧蔵本は伝・土佐広周筆)
(en:Kiyohime (959750574版) より画像複写({{wide image}}, file:Dojoji engi emaki - p2.png, p4.png の2点, 両キャプションを和訳). 元亨釈書の原文(寛永1/1624年版と、『燕石十種』「道成寺考」にあるテキスト復刻のひとつ))
[[畜生|畜生道]]に落ち蛇に[[転生]]した二人はその後、道成寺の[[住持]]のもとに現れて供養を頼む。住持の唱える[[法華経]]の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と[[観音菩薩|観世音菩薩]]の化身であったのである<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、と法華経)の有り難さを讃えて終わる{{sfnp|出岡|2014|p=9}}{{Refn|group="注"|現代の絵解きでは、執念にとらわれることの戒めのたとえと諭して終えている{{sfnp|出岡|2014|p=12}}}}。
 
{{wide image|Dojoji engi emaki - p2.png|1200px|「道成寺縁起」絵巻(部分)。僧を追う女性は上体が竜蛇となる。}}
{{wide image|Dojoji engi emaki - p4.png|1100px|「道成寺縁起」絵巻(部分)。全身とも竜蛇と化した女性は鐘に巻き付く。}}
== 伝承の経緯 ==
 
 
なかでもとりわけ有名な稿本は、道成寺蔵「道成寺縁起」(絵巻、2巻2軸、重文)であるが{{Refn|group="注"|解説者によって様々に呼ばれているので名称にぶれがあるが、国の重要文化財としての登録題名は「紙本著色道成寺縁起」二巻である<ref name=oohashi2021/>。}}<ref name=oohashi2021/>、これは寺伝では[[応永]]十年([[1403年]])
[[後小松天皇]]の[[宸筆]]により書きしたためられたもので絵は伝・[[土佐光重]]筆だが、現代の検証では616世紀前半ないし15世紀後半の成立と推察される<ref name=oohashi2017/><ref name=kanagawa_u/>。
 
「道成寺縁起」では、主人公の女は{{読み仮名|真砂|まさご/まなご}}の清次の「{{linktext|娵}}」(よめ)である{{Refn|group="注"|だが「娵」の正しい読みは、「よめ」であるにかかわらず、道成寺では「むすめ」と訓じて来た経歴がある<ref name=tanaka_i1929/>。原文にはその家の女房(仕える女)ともみえる{{sfnp|浜下|1998|p=131}}。}}、相手は奥州出身の美男子な僧(「見目能僧」)と記される{{Refn|「紀伊國室)の郡(むろのこほり)」の「眞砂と云所」の宿の「亭主清次庄司と申人の娵」<ref name=dojojiengi-text/>}}<ref>『続日本の絵巻24 [[桑実寺]]縁起 [[道成寺]]縁起』([[小松茂美]]編、[[中央公論社]])に詳しく紹介されている。</ref>{{sfnp|安田|1989|p=3}}{{sfnp|徳田|1997|pp=204, 207}}。{{sfnp|浜下|1998|p=131}}。女は僧に「かくて渡らせたまえ」(しばらくいらしてください)と迫るが、これは夫になってくれとの口説きだと解釈される。後日、再会を約束したはずの僧はとうに通り過ぎて行った知って出立した女房は、[[切目王子]]の社を過ぎた上野という場所{{Refn|group="注"|旧・[[名田村]]大字上野(現今の[[御坊市]]名田町上野)<ref name=kineya/>。}}で追いつき呼びかけたが、僧は頭巾、負[[厨子]]、念珠などをかなぐり捨てて逃げたので、女は上体蛇と化し火を吹いて追いかけた。僧は[[塩屋村 (和歌山県)|塩屋]]を過ぎ、[[日高川]]を船で渡って逃げたが、女は衣を脱ぎ捨て全身蛇体となって泳ぎわたる<ref>(以上、絵巻の上巻){{harvp|田中|1979|p=19}}; {{harvp|浜下|1998|p=131}}にほぼ同文で転載</ref>。以上の部分も、残りの部分も{{efn2|絵巻の上巻・下巻のそれぞれ内容}}、上述の安珍清姫伝説と比べて大きな違いえは無い。僧は道成寺に駆け込んでかくまわれ、鐘の中に隠されるが、女房の大蛇は尾で堂の戸を壊し、鐘の{{読み仮名|竜頭|りゅうず}}を{{読み仮名|銜|くわ}}えては鐘に巻きつき尾でこれを打ち鳴らすと火焔がまきおこった。「3[[刻|時]]あまり」(6時間余?{{Refn|林雅彦の論文では"三時(六時間)余り"と注釈するが{{harvp|林|2005|p=114}}、浜下論文では"3時間ばかり"、和歌山県立博物館ニュースの訳では「一時間半ほど」<ref name=dojojiengi-text/>。『大日本法華験記』の原文では「兩三時計」(二、三どきばかり)尾で竜頭を叩いていた<ref name=hokke_genki/>となっているが[[三田村鳶魚]]はこれを「半日ばかり」と釈義している<!--「兩三日(りゃうさんにち)」は「二三日(にさんにち)」であるとしている-->{{sfnp|三田村|1911|pp=274-275}}。『今昔物語集』}})経ってやっと大蛇は「両眼より血の涙を流し」離れていったが、鐘を消火してみると骸骨だけの炭のような遺体がみつかった(以下略)<ref>(以上、絵巻の下巻){{harvp|田中|1979|p=19}}; {{harvp|浜下|1998|pp=131-132}}にほぼ同文で転載</ref>。
 
=== 安珍・清姫の名の嚆矢===
これらのいずれにおいても安珍・清姫の名はまだ見られず、安珍の名の初出は『[[元亨釈書]]』([[1322年]])である。ただし鞍馬寺に居たことになっており{{harvpsfnp|三田村|1911|p=276}}<ref name=shimura/>{{Refn|『元亨釈書』巻一九「釈安珍」{{sfnp|徳田|1997|p=207}}。}}<ref name=genko_shakusho/>、後の奥州白川の僧という設定と異なっている。また、出身はみちのくであるが(現・宮城県[[角田市]][[藤尾村 (宮城県)|藤尾]]<!--典拠では[[伊具郡]]藤尾だが、これは旧地名で、現今の郡内になく分立した角田市にある-->の[[住吉神社 (角田市)|東光院]]の山伏・住持)、京都の鞍馬寺で修行したと辻褄を合わせている民話が角田市界隈に伝わる{{sfnp|及川|1958|p=50}}。
 
清姫の名の初出は[[並木宗輔]]作の[[浄瑠璃]]『道成寺現在蛇鱗』([[寛保]]2年〈[[1742年]]〉初演)とされる{{sfnp|林|2005|p=113}}。
清姫の生誕地とされる真砂は現在の[[熊野古道]]の[[中辺路]]付近にあたるが、ここには清姫の墓と伝えられる石塔があるほか<ref name="mikuma">{{Cite web|date=2003-2-23|url=http://www.mikumano.net/meguri/kiyohime.html|title=熊野の観光名所 清姫の墓|website=[http://www.mikumano.net/ み熊野ねっと]|accessdate=2008-12-14}}</ref>、清姫渕、衣掛松、清姫のぞき橋、鏡岩など、伝説にまつわる史跡が数多く残されている<ref name="kiyohimenosato">{{Cite web|url=http://www.aikis.or.jp/~nakahech/sightseeing/kiyohime/index.html|title=清姫の里|website=[http://www.aikis.or.jp/~nakahech/top.htm 歴史街道 和歌山県中辺路町]|publisher=[[中辺路]]観光協会|accessdate=2008-12-14}}</ref>。
 
「上野というところ」の北西、旧・名田村大字{{読み仮名|野島|のしま}}(現今の御坊市名田町野島)に清姫が履物を脱いだと史跡と称する草履塚があり、近くには袈裟掛松も生えていた<ref>{{harvp|丸山|1984|p=25}}。『紀伊日高民話伝説集』に拠る。</ref><ref name=yoshida-dainihon_chimei_jisho/>。
 
また熊野古道[[潮見峠越え]]にある[[田辺市]]指定天然記念物の大木・捻木ノ杉は、清姫が安珍の逃走を見て口惜しんで身をよじった際、一緒にねじれてしまい、そのまま大木に成長したものといわれる<ref>{{Cite book|和書|author=宮本幸枝|others=[[村上健司]]監修|title=津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -|date=2005-8|publisher=[[技術評論社]]|series=大人が楽しむ地図帳|volume=|isbn=978-4-7741-2451-3|page=45}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.kumano-kodo.jp/spot/spot-794/|title=熊野古道 捻木ノ杉|website=[https://www.kumano-kodo.jp/ 熊野古道]|publisher=和歌山県観光連盟|accessdate=2021-9-9}}</ref>。
 
<ref name=fukuda>{{citation|和書|last=福田 |first=晃 |authorlink=福田晃 |title=伝承文学の視界: 歌謡・説話・絵解をめぐる |publisher=三弥井書店 |date=1984 |url=https://books.google.com/books?id=xE9OAAAAMAAJ&q=道成寺 |pages=317-318}}</ref>
 
<ref name=genko_shakusho>『元亨釈書』[https://books.google.com/books?id=Q8lZAAAAcAAJ&pg=PP249 巻十九]「[https://books.google.com/books?id=Q8lZAAAAcAAJ&pg=PP280 釋安珍]」の条、1624年木版。{{harvp|屋代|1908}}「道成寺考」『燕石十種』所収、453-454頁。</ref>
 
<ref name=hokke_genki>『本朝法華驗記』下「第百廿九 紀伊國牟婁郡惡女」(原文)。{{harvp|屋代|1908}}「道成寺考」『燕石十種』所収、450-451頁; {{citation|和書|chapter=本朝法華驗記 下 |editor-last=塙 |editor-first=保己一 |editor-link=塙保己一 |title= 続群書類従 8上(伝部)] |chapter-url=https://books.google.com/books?id=EbWhnETRhhgC&pg=PP205 |pages=199-200}}</ref>