「神代団地」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2021-11}}
{{建築物
'''神代団地'''(じんだいだんち)は、[[東京都]][[調布市]][[西つつじケ丘 (調布市)|西つつじケ丘]]と、一部が[[狛江市]][[西野川]]に跨がる住宅[[団地]]([[公団住宅]])<ref>[https://www.ur-net.go.jp/chintai/kanto/tokyo/20_1320.html 神代団地] UR賃貸住宅公式サイト</ref>。[[日本住宅公団]](現:[[都市再生機構]])によって建設され、[[1965年]]([[昭和]]40年)[[7月26日]]<ref name=komae2015>[https://www.city.komae.tokyo.jp/sp/index.cfm/47,75400,382,3041,html 今はむかし(その259)神代団地50年] 広報こまえ 1184号 平成27年(2015年)10月25日号 2面、狛江市</ref> に入居開始した。最寄り駅は[[京王線]][[つつじヶ丘駅]]。
|名称 = 神代団地
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|画像説明 =
**|用途 = [[公団集合住宅]]
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*|建築主 = [[日本住宅公団]]
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|戸数 = 59棟2,022戸
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|竣工 = [[1965年]]
|開館開所 = 1965年7月26日
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'''神代団地'''(じんだいだんち)は、[[東京都]][[調布市]][[西つつじケ丘 (調布市)|西つつじケ丘]]と、一部が[[狛江市]][[西野川]]に跨がる住宅[[団地]]([[公団住宅]])<ref>[https://www.ur-net.go.jp/chintai/kanto/tokyo/20_1320.html 神代団地] UR賃貸住宅公式サイト</ref>。[[日本住宅公団]](現:[[都市再生機構]])によって建設され、[[1965年]]([[昭和]]40年)[[7月26日]]<ref name=komae2015>[https://www.city.komae.tokyo.jp/sp/index.cfm/47,75400,382,3041,html 今はむかし(その259)神代団地50年] 広報こまえ 1184号 平成27年(2015年)10月25日号 2面、狛江市</ref> に入居開始した。最寄り駅は[[京王線]][[つつじヶ丘駅]]。
 
== 概要 ==
団地の造成がはじまるまで、このあたりは「金子たんぼ」と呼ばれる農村地帯だった{{Sfn|安田浩一|2019|p=59}}。金子たんぼは地元では「泥っ田」とも呼ばれ、[[野川 (東京都)|野川]]が頻繁に氾濫することで、田んぼは常に[[沼地]]状態で、農業をするための環境としては必ずしも好条件ではなかった{{Sfn|安田浩一|2019|p=60}}。終戦直後、食料増産を目的とした国による[[土地改良事業]]がスタートし、金子たんぼも事業指定地に認定され{{Sfn|安田浩一|2019|p=60}}、一帯の地中には何千本という[[土管]]が埋め込まれ、[[排水]]機能を向上される土地改良が行われた{{Sfn|安田浩一|2019|p=60}}。
団地のほぼ中心を東西へ[[野川 (東京都)|野川]]が分断している<ref name="住棟配置図"/>。「神代」の名称は、つつじケ丘地区が属していた旧[[市町村|町]]名「[[神代町]]」に由来する。
 
ところが、水はけが良くなったと思ったら、頼りにしていた[[地下水]]は干上がってしまった{{Sfn|安田浩一|2019|p=60}}。あらためて野川から水を引き込もうとしても、[[生活排水]]による汚濁で水質が悪化し、米作りには不敵だと判断された{{Sfn|安田浩一|2019|p=61}}。そんな折の[[1959年]](昭和34年)、公団から団地開発の話が舞い込んだ。公団は[[都心]]にも近い、この農村地帯に土地売却を促した{{Sfn|安田浩一|2019|p=61}}。
なお、同時期の[[1960年代]]に入居開始した調布市・狛江市にまたがる大規模団地として、[[東京都住宅供給公社]]が建設した[[多摩川住宅]]がある<ref>[https://www.kensetsunews.com/web-kan/150974 【多摩川住宅】前例なき“巨大団地建て替え”4者一体で取り組む] 建設通信新聞、2018年1月27日、2020年2月28日閲覧。</ref><ref>[https://chofu.keizai.biz/headline/2609/ 調布の多摩川住宅が完成から50年 給水塔の「聖地」として話題に] [[みんなの経済新聞ネットワーク|調布経済新聞]]、2018年4月2日、2020年2月28日閲覧。</ref>。
 
農民たちの間では侃々諤々の議論があったというが、水不足によって将来の展望を描くことができない状況のなか、交渉は3年で決着がついた{{Sfn|安田浩一|2019|p=61}}。[[1962年]](昭和37年)、農地は坪1万3000円から4000円で公団に売却され、大規模な団地造成工事が始まり{{Sfn|安田浩一|2019|p=61}}、住棟の竣工を受け、[[1965年]](昭和40年)7月から入居を開始した。
=== 構成 ===
全59棟で構成され、野川の北側は1〜44号棟と58・59号棟、南側はそれ以外の45〜57号棟で、そのうち南側の54〜57号棟の4棟のみ狛江市に属する<ref name="住棟配置図">[https://chintai.sumai.ur-net.go.jp/chintai/img_photo/20/20_132/20_132_AP_01_l.gif 神代団地 住棟配置図] UR賃貸住宅公式サイト</ref>。33・35号棟は店舗兼住居として商店街を構成し、34号棟は住居兼マーケットのほか銀行と郵便局が含まれ、40号棟は管理事務所、58号棟は診療所、59号棟のみ[[1987年]]に建設された新しい住棟である。
 
なお、同時期「神代」名称は、つつじケ丘地区が属していた旧[[1960年市町村|町]]名「[[神]]」に由来し、同時期に入居まった調布市・狛江市にまたがる大規模団地として、[[東京都住宅供給公社]]が建設した[[多摩川住宅]]がある<ref>[https://www.kensetsunews.com/web-kan/150974 【多摩川住宅】前例なき“巨大団地建て替え”4者一体で取り組む] 建設通信新聞、2018年1月27日、2020年2月28日閲覧。</ref><ref>[https://chofu.keizai.biz/headline/2609/ 調布の多摩川住宅が完成から50年 給水塔の「聖地」として話題に] [[みんなの経済新聞ネットワーク|調布経済新聞]]、2018年4月2日、2020年2月28日閲覧。</ref>。
団地敷地を[[河川]]が横断しているため、神代団地には[[調整池]]が無い。しかし団地建設当初は野川の大規模な流路変更の途上<ref>[http://mapps.gsi.go.jp/contentsImage.do?specificationId=447031&dispType=1 東京西南部の空中写真(1966年撮影)] 地図・空中写真閲覧サービス、[[国土地理院]]</ref> に当たっており、新しい流路は[[東京都道114号武蔵野狛江線]](松原通り)の付近で止まり、下流はまだ掘削中で、先行して整備された団地内の流路部分は、現在の護岸に沿って高谷橋付近を中心とした池となっていた。
 
=== 構成住棟 ===
全59棟2,022戸で構成され、野川の北側は1〜44号棟と58・59号棟、南側はそれ以外の45〜57号棟で、そのうち南側の54〜57号棟の4棟のみ狛江市に属する<ref name="住棟配置図">[https://chintai.sumai.ur-net.go.jp/chintai/img_photo/20/20_132/20_132_AP_01_l.gif 神代団地 住棟配置図] UR賃貸住宅公式サイト</ref>。33・35号棟は店舗兼住居として商店街を構成し、34号棟は住居兼マーケットのほか銀行と郵便局が含まれ、40号棟は管理事務所、58号棟は診療所、59号棟のみ[[1987年]](昭和62年)に建設された新しい住棟である。
 
団地敷地を[[河東西に野]]横断し流れているためことから<ref name="住棟配置図"/>神代団地には[[調整池]]無い。しかし団地建設当初は野川の大規模な流路変更の途上<ref>[http://mapps.gsi.go.jp/contentsImage.do?specificationId=447031&dispType=1 東京西南部の空中写真(1966年撮影)] 地図・空中写真閲覧サービス、[[国土地理院]]</ref> に当たっており、新しい流路は[[東京都道114号武蔵野狛江線]](松原通り)の付近で止まり、下流はまだ掘削中で、先行して整備された団地内の流路部分は、現在の護岸に沿って高谷橋付近を中心とした池となっていた。
 
== ゆかりの作品 ==
** 第27話「[[ゴモラ (ウルトラ怪獣)|怪獣殿下(後編)]]」(1967年) - 冒頭で車が走り抜ける数秒のシーンに使用。高谷橋のすぐ下に野川(池)の水面が見える。
; 1970年代
* [[団地妻 昼下りの情事]]([[日活]])(1971年)
** [[日活ロマンポルノ]]の第1作{{Sfn|安田浩一|2019|p=56}}。[[監督]]・[[西村昭五郎]]、[[主演]]・[[白川和子]]。[[日活調布撮影所]]に最も近い団地であったことから撮影場所に選ばれる{{Sfn|安田浩一|2019|p=59}}。一時期は[[団地妻]]の舞台として、[[好事家]]がわざわざ見学に訪れることもあった{{Sfn|安田浩一|2019|p=59}}。
* [[太陽にほえろ!]]([[東宝]]/[[日本テレビ放送網|NTV]])
** 第48話「影への挑戦」([[1973年]]) - 関係する新婚夫婦が38号棟に居住する設定。マカロニ刑事([[萩原健一]])が43号棟の屋上で、ボスの藤堂([[石原裕次郎]])が高谷橋の脇で張り込みをする。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
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== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author=[[安田浩一]]|title=団地と移民 課題最先端「空間」の闘い|publisher=[[KADOKAWA]]|year=2019|month=3|isbn= 978-4041013885|ref={{sfnref|安田浩一|2019}}}}
 
== 関連項目 ==
* [[日本住宅公団]]
** [[都市再生機構]]
** [[公団住宅]]
* [[多摩川住宅]]([[東京都住宅供給公社]])
* [[関東地方の住宅団地の一覧]]
* [[日本のニュータウン]]
 
== 外部リンク ==
* [https://www.ur-net.go.jp/chintai/kanto/tokyo/20_1320.html 神代(東京都)|関東エリア|UR賃貸住宅]
*[http://codan.boy.jp/danchi/tama/jindai/index.html 公団ウォーカー]
 
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