「清朝統治時代の台湾」の版間の差分

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{{改名提案|清朝統治時代の台湾|date=2021年12月}}{{脚注の不足|date=2019年3月}}
{{Infobox Former subdivision
|native_name = 清国統治時代の台湾臺灣
|conventional_long_name = 臺灣清治時期台湾
|common_name = Taiwan under Qing rule
|continent = moved from Category:Asia to East Asia
 
{{台湾の歴史}}
[[台湾]]の'''清統治時代の台湾'''(しんちょうとうちじだいのたいわん)とは、[[清]]朝が[[鄭氏政権 (台湾)|鄭氏政権]]を倒して[[台湾]]を編入した[[1683年]]([[康熙]]22年、[[永暦 (南明)|永暦]]37年)から、[[日清戦争]]の敗戦に伴って清国が[[大日本帝国]](当時の[[日本]])に割譲した[[1895年]]([[光緒]]21年、[[明治]]28年)[[4月17日]]までの時代である。
 
清国は台湾についてほとんど[[投資]]を行わなかったため[[経済発展|発展]]は遅れたが、清国が台湾を領有した当初から、[[米]][[穀物|穀]]が豊富にとれたため、[[福建]]・[[広東]]の[[穀倉地帯|穀倉]]と称された。さらに[[19世紀]]には[[茶]]・[[サトウキビ|砂糖黍]]・[[樟脳]]・[[鉱物]]の生産地として発達し、出荷地として[[都市化]]も進み、[[帝国主義]]時代には[[台湾民主国]]が成立する背景となった。