「走り屋」の版間の差分

2021年10月31日 (日) 03:26 (UTC)の版へ差し戻し。百科事典として掲載すべき情報ではないのでは。
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なお、これらの行為を助長している雑誌、パーツメーカー、チューニングショップも数多く存在し、違法改造部品の商品開発や性能テストで一般道や高速道路において常識を逸脱した速度で運転することもある。
 
 
'''[[北海道走り屋四天王]]'''
 
1980年代後半から90年代初頭にかけて、バイクのローリング族(走り屋)で北海道内の手稲山、朝里峠、毛無峠を中心に活躍していたバイクの走り屋の中心人物4名。
 
北海道のバイク走り屋の牽引者。
 
雑誌バリバリマシンが発行されていたころ、北海道の走り屋文化を牽引し走り屋ブームの火付け役にもなり、ファンクラブなども存在していた。
 
 
Team DANGER 札幌 鎌田学 さん (享年39)(2010没)2001、2003、鈴鹿8時間耐久レース優勝
 
ホームコース:手稲山
 
 
札幌スターダストレーシング  ミスター さん(NAPRO JAPAN RACING)ミニバイクレースで活躍。〇ち杯などで活躍。
 
ホームコース:手稲山
 
 
札幌スターダストレーシング  イサオ さん(NAPRO JAPAN RACING)ミニバイクレースで活躍。
 
ホームコース:手稲山
 
 
Team Johnny  長田(ジョニ―)さん
 
ホームコース:朝里峠
 
 
後に、札幌スターダストレーシングのイサオさんとTeam DANGER 札幌で 走り屋共同体の手稲山輪遊会を設立。
 
各峠をバラバラに走っていたチームの交流を深め、走り屋ブームを作った。
 
== 文化 ==