「チャーリー・ワッツ」の版間の差分

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そもそもこの記事は、時期を同じくして報道された[[1969年]]の[[ブライアン・ジョーンズ]]死亡事件の再捜査の噂に端を発し、新たな模造された噂話に過ぎないとの意見もあった。
 
一方で、近年チャーリーは「本当はツアーに出ることに対して気が重い。家を離れたくないけど、そうなるとドラムが叩けない。そのジレンマに揺れてんだ」と常に語っており、『[[ア・ビガー・バン]]』のツアー時もキース・リチャーズの説得でようやく参加することに応じた、という経緯がある。それだけに、ネット上でもかなり信憑性のある情報として[[ツイッター]]や[[ブログ]]などで紹介され、「チャーリーのドラム抜きにストーンズがライヴ活動を続けることは、バンドが無くなったも同じ」とバンドの活動再開を危ぶむ声も少なくなかった。<br />
[[2010年]]2月には、[[オーストリア]]のOsterreich紙のインタビューで、「正直言って、明日ストーンズが終わりを迎えたとしても僕は全然構わない」というコメントも残している。
 
 
一説では、彼はストーンズを完全に脱退したわけではなく、レコーディングには参加するものの、ツアーに出るつもりはないとの話もあった。<br />
このことについてチャーリー本人は2010年9月、フランスのLe Parisien紙に「我々はそれについて話し合ってるところだ。何かしらの動きは来年か再来年になるだろう。みんな先の未来のことはあまり見通せない年齢になったから」と語っている<ref>{{Cite web |url=https://www.barks.jp/news/?id=1000064056 |title=ザ・ローリング・ストーンズ「将来の見通しがつかない年齢になった」 |website=BARKS |publisher=ジャパンミュージックネットワーク |date=2010-09-09 |accessdate=2021-08-25}}</ref>。
 
2012年から2013年にかけ、チャーリーは再びストーンズとしてステージに立ち、イギリスとアメリカで結成50年を祝ってコンサートを行った。2013年の夏には、世界的な人気フェスとして有名である[[グラストンベリー・フェスティバル]]に3日間、44年ぶりとなるロンドンのハイド・パークでそれぞれ公演を行った。チャーリーは当初、これらのライヴに乗り気ではなかったが、終了後は「泥だらけのグラストンベリーで夜プレイするなんて反対だったけど、あれはやるべきだった。7月の週末、UKで3回やったけど、天気も観客も素晴らしくて(グラストンベリー、ロンドン)両方とも楽しかった。つべこべ言うなってこと、学ばないとな。僕のいつものパターンだよ」と語った<ref>{{Cite web |url=https://www.barks.jp/news/?id=1000099679 |title=チャーリー・ワッツ「僕らの若さで長期のツアーは無理」 |website=BARKS |publisher=ジャパンミュージックネットワーク |date=2014-02-04 |accessdate=2021-08-25}}</ref>。
 
== ディスコグラフィ ==