「皿鉢料理」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
間違い修正
1行目:
{{出典の明記|date=2014年6月}}
[[Image:SawachiDish Sushi and Tataki01.jpg|240px|thumb|right|大皿には鯵の姿鮨と四万十の鮎、羊羹、果物など。小さい方には緑の薬味に覆われたカツオのたたき]]
'''皿鉢料理'''(さわちりょうり)とは[[高知県]]の[[郷土料理]]である。また近年では、大ぶりの皿に[[刺身]]などを盛り合わせた[[宴席料理]]を指して「皿鉢料理」と言う場合もある。
 
== 料理としての起源 ==
農耕儀礼として行われていた五穀豊穣の祈願祭や収穫を感謝する収穫祭には、神前に様々な食材が供えられた。神事の後それら供えられていた食材をおろし、御厨(みくりや)などで[[神饌]]として調進した。できあがった料理は神に供えられるだけでなく、神事に参加した者も共に分かち合って食べた。この[[神人共食|神と人が共食]]する酒宴を[[直会]](なおらい)と言い、神と人が共に嘗め合う神事の一つであり、重要な儀式とされていた。こういった伝統を受け継ぐ料理は、明治の中頃まで鉢盛り料理や盛り鉢料理とも言われ、日本全国に残っていた。
 
== 皿鉢(さわち)の由来 ==
皿鉢とは皿と鉢の中間的な形態のものを指す<ref name="kyo">[http://www.edu.city.yokosuka.kanagawa.jp/0kyo/1kyo/a19.html 皿鉢] 横須賀市教育研究所</ref>。皿鉢は「さわち」以外にも、'''サハチ'''、'''サアチ'''、'''サラチ'''、'''サーチ'''とも言われている。現代の皿鉢の源流である器は室町時代から作られていた。当時の器は比較的深みのある高坏で、浅鉢・深鉢・大皿・大鉢など器に合った名称で呼ばれていた。それらの器が皿鉢と総称され始めたのは[[江戸時代]]だと考えられている。土佐藩(現在の高知県)の禁令などに'''「砂鉢」'''や'''「皿鉢」'''と記されており、その他'''「佐波知」'''や'''「沙鉢」'''と当て字された記録もある。
 
=== 器の種類 ===
形状は円形ばかりでなく、小判型や矩形など様々で料理に合わせて使用されている。9寸(約27センチ)程度の小ぶりな器もあるが、今日では活け作り以外の皿鉢では一尺三寸(39センチ)がほぼ標準となっている。あまり小さな器は皿鉢と言わなくなっているものの、明確な区分は設けられていない。