「セミナリヨ」の版間の差分

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== 教育内容 ==
当時のヨーロッパは人文主義と古典復興が盛んであった。セミナリヨでの教育内容も古典教育に力が入れられていた。それは[[ラテン語]]の古典と日本の古典を学ぶことである。ラテン語は当時のカトリック教会の公用語であり、学問のための言葉であったので必ず学ぶ必要があった。カブラルは日本人にはラテン語習得は無理だと考えていたが、[[ルイス・フロイス]]はセミナリヨの生徒のラテン語習得が速いと驚いている。イエズス会員たちは生徒が日本で宣教する宣教師になるため、日本文学を学ぶことが必須と考え、[[平家物語]]などをテキストに古典を学ばせた。
 
また、それまでの日本の教育にはなかったものとして音楽と体育が重視された。音楽はフルート、クラヴォ、オルガンなどの器楽、および[[グレゴリオ聖歌]]や多声聖歌などの練習が行われた。体力を培う体育も重視され、夏は水泳がおこなわれ、週末には生徒全員が弁当を持って郊外にピクニックに出かけていた。
 
セミナリヨで行われていた教育は、近代教育の先取りともいえるものであった。明治以降、日本がとりいれたヨーロッパ式の教育システムはキリスト教の学校システムから発生したものであったので、このセミナリヨもまた近代日本の教育の原点といえるかもしれない。
 
 
== 関連項目 ==
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