「羞恥心」の版間の差分

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朴明哲 (会話 | 投稿記録)
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成人になると、性的な場面や社会的な業績、成果といったものにとりわけ関係するようになる。しかしながら慣れ、[[高齢化]]、[[認知症]]の進行等に関係して薄れてくることもある。例えば明らかにルールに違反している[[裏金]]を、常態化することで恥ずかしいとも思わずに処理したり、または[[羞恥プレイ]]のような特殊な性癖に転化して、明らかに社会のルールに違反する行為などは、羞恥心の希薄化を発生させる。
 
==その源泉と発展形==
この心理は、その根底に[[個人]]が[[集団]]に所属したいとする[[欲求]]([[所属欲求]])があると見ることができる。
 
これは[[社会的動物]]である[[人間]]の[[本能]]であるとも考えられるが、これがごくささやかな集団([[コミュニティ]])において発揮される場合に、外部には理解しがたい羞恥心が芽生えることも、まま見られるところである。
 
例えば、女子中高学生は同一集団内で共通化されたファッショセンスを発揮して、これに外れることを恥ずかしいと認識、流行に絶えず影響され個人の識別を困難とさせるほどの並列化を発揮するし、[[思春期]]の男子は異性や同性から寄せられる外見的評価を気にして否定される要素(貧弱・太め・ガニマタ・短足・チビetc.)の積極的な改善に走るし、小学生などでは垢抜けない制服の学校から私服可の学校に転校した際に、周囲のお洒落ぶりに戸惑い慌て自分の服装を恥ずかしいと感じたり…といった具合である。
 
上に挙げた例はあくまでも外見的なモノで、異なる集団内では発生し得ない羞恥心の例ではあるが、その集団に属する当人らにしてみれば、それこそ生き死にに関わるほどの羞恥心を発生させることもある。他人にしてみれば「子供の他愛無い羞恥心」ともいえるが、彼らなりの価値観の中では大きな[[ストレス (生体)|ストレス]]を生む要素ともなるため、注意が必要といえよう。
 
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==起源==
[[集団]]への[[所属欲求]]である。所属欲求は、時としてその集団に属さない者から、理解しがたい羞恥の基準を生み出す。[[ルーズソックス]]を着用しなければ羞恥を感じる女子高校生、[[半ズボン]]を着用したら羞恥を感じる小学生男子は、自己の所属する集団の特殊な羞恥基準に囚われていると言える。
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==関連項目==
*[[恥]] - [[社会性]] - [[社会技能]](ソーシャルスキル)
*[[家庭教育]] - [[しつけ]]
*[[劣等感]] - [[コンプレックス産業]]
 
[[Category:心|しゆうちしん]]