「ノート:鈴木武右衛門」の版間の差分

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同様の措置を、[[福井昭雄]]にもお願いします。--[[利用者:朴明哲]]
 
==コメント依頼・鈴木武右衛門の教育学部教授としての適格性について==
私は、文教大学独特の、アット・ホーム主義の犠牲者です。そうして、私の犠牲は、鈴木武右衛門を主任とする美術専修により生み出されました。
 
私には、軽度発達障害があります。年齢相応の[[社会技能]]がありません。社会技能に関して、小学生よりはあると思うのですが、大学生よりは完全に下です。恐らく、中学校高学年でも、私よりおとなの世界を知っているはずです。
 
私は、勉強だけはできるので、都内の某有名私立大学を卒業した後、長年の夢だった小学校教諭免許を取得するため、30歳を過ぎてから、文教大学に再入学しました。しかし、私を待ち受けていたものは、静かな学習の時間ではなく、大学生に対する先輩の立場を強制される時間でした。「あなたには物足りないだろうけれども、付き合ってあげてよ」と言った[[中川素子]]教授の視線が印象的でした。私を見ずに、私の背後にある私のイメージ(高学歴&人生経験?)に語りかけていたのです。また、構成担当の[[朝倉直巳]]教授は、縮尺の話をしているときに、[[空間認知]]に関しては軽い[[知的障害]]である私に向かって、「おい、お前なら分かりそうだな、なあ、先輩」と人の弱みをほじくる行為をしました。これが都心のマスプロ大学なら、私が自分の単位さえ取得していれば、誰も文句を言わなかったはずです。
 
入学後1ヶ月余りで、私に年齢相応の社会技能がないことが分かりました。すると、鈴木武右衛門はあからさまに私を嫌ったのです。廊下で会っても、そっぽ。私の横をわざと早足で駆け抜けて、先方にいた他の学生に向かって「よお!!」。嫌悪感を表明すれば、私が先輩としての技量を発揮してくれるとでも思ったのでしょうか。
 
どう逆立ちしても、大学生の先輩にはなれない私は、大学版[[登校拒否]]に陥り、中途[[退学]]を余儀なくされました。退学後、学生課を通して[[抗議]]をしたのですが、鈴木武右衛門いわく、「[[障害]]があるなら教育学部に来るな!!」。この間、美術専修の教授たちとは、一切のコミュニケーションはありませんでした。ただ、私とは一面識もない教育学部長に、私をどのように受け止めればいいのか、相談しただけのようでした。そうして、教育学部長も、私と面接をするなどの適切な処置は取りませんでした。
 
ここ数年、軽度発達障害の存在がクローズアップされ、文部科学省や、厚生労働省も対策に本腰を入れるようになりました。教育現場でも、「軽度発達障害は目に見えない障害だから気を付けよう」と呼号が始まりました。教員養成大学でも、「軽度発達障害は目に見えない障害だから気を付けるよう」教育実習生に指導が始まりました。当然、鈴木武右衛門も、誰を踏み台にした話なのか分かっているのか、「軽度発達障害は目に見えない障害だから気を付けるよう」教育実習生に説諭しているはずなのです。
 
私に[[謝罪]]も拒否したまま、軽度発達障害の理解者面するのが許せるでしょうか。
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