「坪井智哉」の版間の差分

[[全日本大学野球連盟|大学]]、[[日本野球連盟 (社会人野球)|社会人野球]]で活躍後、[[1997年]]に[[阪神タイガース]]にドラフト4位指名され入団。[[1998年]]~[[2000年]]は、阪神の不動の1番打者として活躍した。[[2003年]]からは[[野口寿浩]]との交換トレードにより日本ハムに移籍、チームの主力選手の一人となった。[[2004年]][[3月27日]]、対[[大阪近鉄バファローズ]]戦([[大阪ドーム]])で、日本ハム北海道移転後のチーム公式戦初安打を打つ([[岩隈久志]]から中越[[二塁打]])。
 
[[2006年]]は[[オープン戦]]で故障し、何とか開幕には間に合わせたが不振のためすぐに二軍で再調整。その後一軍に復帰したが、[[2006年]][[8月6日]]の[[西武]]戦での守備の際に右肩を負傷し再び登録抹消される。その後チームはプレーオフに進出。坪井もリハビリを終え、札幌ドームで胴上げに参加することができた。[[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]には40人枠に入り、第一戦では代打で出場している。[[新庄剛志]]が[[2006年]]限りで引退すること、[[稲葉篤紀]]や[[森本稀哲]]のレギュラーがほぼ不動であること、[[紺田敏正]]や[[糸井嘉男]]、[[工藤隆人]]らが成長していることもあり、レギュラー奪回に向けて正念場のシーズンであった。しかし、先述の怪我の影響もあり思うような成績は残せずシーズン終了後戦力外通告。<!-- まだ決まったわけではないのでコメントアウト。しかし、移籍先が見つからないようならば年俸9000万円からの
大幅減俸として日本ハムが再雇用・復帰させる考えを示唆した。日本ハムの再雇用の理由として坪井の能力から「野球を辞めさせる訳にはいかない選手」として出場機会を保証出来ないものの、坪井を評価しての再雇用示唆となった。--> 現在、移籍先を探している。
 
== 略歴 ==
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