「フリーキャンパスKYOTO」の版間の差分

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[[1988年]]3月に終了。後番組は[[ミュージックステーション (KBS京都ラジオ)|ミュージックステーション]]。
 
==概要==
好評を博したハイヤングKYOTOの後番組として、局側からも相当の期待があったと思われる。<BR>
特に新機軸として各曜日毎に京都にある七校の大学のうち一校ずつ提携し、その在学生やOBを出演させる「大学対抗エール交換」という
コーナーを設け、学生の街・京都と言う地域性を前面に打ち立てた。これまで手薄と言われた大学生のリスナー層の発掘を狙っての試みもあったとされる
 
==頓挫とその影響==
これまで手薄と言われた大学生のリスナー層の発掘を狙っての試みであったがしかし、やはり素人の番組進行には限界があり、リスナーの評判や聴取率もハイヤン第一期時代と比べて一気に急落する結果を招く。<br>
後に大学との提携色を薄めてハイヤングKYOTOに近い番組形式に戻されるが、失った人気を取り戻せぬまま、結局一年で「打ち切り」同然に番組終了となる。
 
後に大学との提携色を薄めてハイヤングKYOTOに近い番組形式に戻されるが、失った人気を取り戻せぬまま、結局わずか1年で「[[打ち切り]]」同然に番組終了となる(同局の深夜生ワイド番組史上最短の部類に入る)
 
この番組の躓きが、その後のKBS京都の深夜生番組に多大な影響を与える結果になってしまったと言える(後番組の[[ミュージックステーション (KBS京都ラジオ)|ミュージックステーション]]や、その更に後番組の[[はいぱぁナイト]]初期も、この後遺症を引き摺っていた形跡が見られる)。
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