「聖心侍女修道会」の版間の差分

 
=== 日本での活動 ===
ラファエラがローマの修道院でその生涯を終えてから9年が過ぎた1934年10月、エルネスティナ・ラマリョほか3名の聖心侍女修道会の修道女が[[マルセイユ]]より来日。急速に戦争へと傾斜し始めた困難な時代の中で、豊かな人間教育に取り組む情熱に燃え、1935年4月、[[東京都|東京]][[麻布]]三河台にある旧[[志賀直哉]]邸に、前身となる清泉寮学院を創立。
1944年、[[太平洋戦争]]勃発のために休校を余儀なくされ、[[東京大空襲]]で校舎は焼失した。
 
1946年、修道女たちの疎開先であった[[長野県|長野]]に、長野清泉女学院が開校される。1946年11月、[[横須賀市|横須賀]]にあるアメリカ海軍基地の司令長官の要請により、米軍が接収した旧[[日本海軍工機学校]]の建物を利用して、アメリカ人子弟のための[[インターナショナル・スクール]]を開校。翌1947年には中学高等学校が開校された。まず中学校が小学校と同時に開かれ、1948年には高等学校が開かれた。その後1950年には[[新制大学]]が同じ横須賀に設立された。
1962年、大学は[[東京都]][[品川区]]の[[島津山]](旧[[島津公爵]]邸)に移転、1963年中学高等学校は、[[鎌倉市]]城廻の現在地に移転し、[[鎌倉市]]雪の下の[[鎌倉幕府]]跡にあった中学校も同時に移転して一つとなり、現在に至っている。また、小学校は[[鎌倉市]]雪の下の小学校と合併した。
匿名利用者