インディファティガブル (巡洋戦艦)

艦歴
起工 1909年2月23日
進水 1909年10月28日
就役 1911年2月
その後 1916年5月31日ユトランド沖海戦で戦没
除籍
性能諸元
排水量 基準:18,470トン
満載:22,080トン
全長 180m
全幅 24.4m
吃水 8.0m
機関 蒸気タービン、4軸、出力43,000馬力
最大速 26.9ノット
航続距離 6,300カイリ(10ノット時)
乗員 820-1,000名
兵装 45口径30.5cm連装砲4基
50口径10.2cm単装砲16基
47mm単装砲4基
45cm水中魚雷発射管3門

インディファティガブル (HMS Indefatigable) はイギリス海軍巡洋戦艦インディファティガブル級の一番艦。

艦歴 編集

1908年度計画で建造。1911年就役。就役後、本国艦隊の第1巡洋艦戦隊所属となった。1913年1月第1巡洋艦戦隊は第1巡洋戦艦戦隊と改名。12月地中海に移り地中海艦隊第2巡洋戦艦戦隊所属となった。1914年8月ドイツ巡洋戦艦「ゲーベン」と軽巡洋艦「ブレスラウ」の追跡戦に参加。8月4日、巡洋戦艦「インドミタブル」と共に「ゲーベン」と「ブレスラウ」を捕捉したものの、機関の状態が悪かったために追跡しきれずこれを逃してしまった。11月3日Cape Helles砲撃に参加。マルタで整備後1915年グランド・フリートに編入。

 
ユトランド沖海戦で爆沈する「インディファティガブル」

1916年5月31日、第2巡洋戦艦戦隊所属でユトランド沖海戦に参加。南走の際、「インディファティガブル」は英巡洋戦艦6隻の戦列最後尾に位置しており、ドイツ巡洋戦艦「フォン・デア・タン」と交戦した。15時48分にドイツ巡洋戦艦5隻が砲撃開始。イギリス巡洋戦艦も応戦した。しかし、イギリス艦隊は正確な照準ができず、「インディファティガブル」の砲撃も遠弾であった。16時ごろ、「フォン・デア・タン」の28cm砲弾2ないし3発が艦尾に命中。続いて艦首にも2発命中した。艦首への命中弾により弾薬庫が誘爆、轟沈した。1019人の乗組員のうち、救助されたのは2人であった。

外部リンク 編集