エボラウイルス属

エボラ出血熱の病原ウイルスを含むウイルスの属

エボラウイルス属 (エボラウイルスぞく、Ebolavirus) とは、モノネガウイルス目フィロウイルス科に属するウイルスの1。模式種ザイールエボラウイルス英語版 (Zaire ebolavirus) をふくめて6が知られている。その多くはエボラ出血熱病原体である[1]

エボラウイルス属
増殖して宿主細胞を破壊したエボラウイルスの電子顕微鏡写真。
分類
レルム : リボウィリア Riboviria
: オルソルナウイルス界 Orthornavirae
: ネガルナウイルス門 Negarnaviricota
: モンイウイルス綱 Monjiviricetes
: モノネガウイルス目 Mononegavirales
: フィロウイルス科 Filoviridae
: エボラウイルス属 Ebolavirus
学名
Ebolavirus
(Kuhn et. al.2010)[1]
タイプ種
ザイールエボラウイルス英語版 (Zaire ebolavirus)
シノニム
和名
エボラウイルス

エボラウイルス属に分類されるウイルスで最初に発見されたのはザイールエボラウイルスで、当時のザイール、現在のコンゴ民主共和国エボラ川近くのヤンブク英語版[4]で、1976年8月26日44歳の男性患者から発見された[5]。初めはマラリアを疑われたが、その後粘膜等からの出血と多臓器不全という今日で出血熱と呼ばれる症状を発症し死亡した事から、未知の感染症が疑われた[5][6]。また、同年にはスーダンでも同じ症状の感染症が報告された。今日ではこのウイルスはスーダンエボラウイルス英語版 (Sudan ebolavirus) という別種に分類されている[7][8]

1977年には、この2つの株が同じフィロウイルス科マールブルクウイルス属の新種か変種と疑われていたが[9][10]、同時に新種のウイルスとしてエボラウイルスの名が提唱されていた[11]。発見後しばらくはマールブルクウイルス属と共にフィロウイルス属 (Filovirus) と分類されていたが、1998年に、1989年に発見されたレストンエボラウイルス英語版 (Reston evolavirus) [8]1998年に発見されたタイフォレストエボラウイルス英語版 (Taï Forest ebolavirus) [12]と共に4種がエボラ様ウイルス (Ebola-like viruses) として分類され[2]2002年にエボラウイルス属として定義された[3]2010年には名称を変更せず再定義されている[1]

名称 編集

エボラウイルス属は発見からしばらくは、確立した分類がされていなかった。2000年に最初に発見されたウイルスはザイールエボラウイルスと命名され、英名は "Zaire Ebola virus" と定められた[2]2005年には英名は "Zaire ebolavirus" と改められた[3]。しかし多くの論文ではザイールエボラウイルスを指してエボラウイルス (Ebola virus) を用いるか、もしくは平行して使っていた。このため、2010年にはエボラウイルスの名称が復活している[1]

国際ウイルス分類委員会では、エボラウイルス属を指す場合には先頭を大文字にし斜体にした "Ebolavirus" を用い、種小名は "ebolavirus" と小文字で書くよう定めている。エボラウイルス属自体の名称は2002年に初めて使われている。以上の事から、エボラウイルス属に関わる文章では何を指して用いているかに注意する必要がある[1]

特徴 編集

エボラウイルス属は重複の多いマイナス1本鎖RNAウイルス[1]、フィロウイルス科に共通する特徴である糸状に集合した形状のビリオンを持つ。糸は大抵曲がっており、U型、6型、杖型、コイル型などと様々な形で呼ばれている。また、分岐している場合もある。幅は80 nm程度であるが、長さは974〜1086 nmである。マールブルクウイルス属の長さは795〜828 nmであり、これと比べるとやや長い。また、培養環境では最大で14000 nmの長さに達する[13][14]。ビリオンはエンベロープを有し、エーテルに対しては感受性を持つ[要出典]。螺旋対称性のヌクレオカプシドを有する[要出典]。細胞質内で増殖し、細胞膜から出芽する[要出典]細胞質内封入体を形成する[要出典]

ヒトをふくめ霊長類に対して非常に感染力が強く、ヒトの致死率はザイールエボラウイルスで約90%、スーダンエボラウイルスで約50%に達する極めて致死性の強い病原体である[15]。また、サル、ゴリラ、チンパンジーに対してもしばしば致命的となる人獣共通感染症である。ただし、レストンエボラウイルスだけは霊長類への感染が報告されているものの、ヒトは抗体が発見されているが症状はなく、感染してもヒトに対して病原体となるかは不明である[5]2011年になって2つの独立した研究グループが、ヒトの遺伝子のうちNPC1英語版遺伝子がコードしているタンパク質が、エボラウイルス属の感染に必須な事が示された[16][17]。マールブルグウイルス、エボラウイルスのウイルス分離、血清学的診断はBSL-4レベルの設備を有した検査室でのみ許可されている[要出典]

エボラウイルス属の遺伝子変化の速度はインフルエンザウイルスの100倍以上遅い。これはB型肝炎ウイルスと同程度である。マールブルクウイルス属との分化は数千年前程度と考えられている[18]。初めはマールブルクウイルス属と誤解されたものの、実際には遺伝子レベルで50%ほどマールブルクウイルス属と異なる。また抗原交差反応性もほとんど示さない[1]。自然界での正確な分布は不明だが、アフリカ大陸で最初の感染が報告された事、5種のうち4種が人獣共通感染症であることから、アフリカの野生生物がホストであると考えられている。フィリピンでのカニクイザルに感染していたレストンエボラウイルスは自然界でのホストと考えられており、アメリカ合衆国イタリアに輸出されているが、それらの国や周辺において自然界においては発見されていない[5]

扱い 編集

エボラウイルス属のウイルスは、症状が確認されていないレストンエボラウイルスを除いてヒトに対する感染力が強く、致死率も高く、有効な治療法が存在しない事から、エボラウイルス属はバイオセーフティーレベルで最高レベルの4に指定され、扱われる施設は限られている[19]。2018年からの流行では臨床試験段階の一部のウイルス株に対し有効な[20]ワクチン[21]が試験的に使用された[20]

日本においては、エボラ出血熱は感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の1類感染症に指定されており、病原体としてはエボラウイルス属の種全てが一種病原体(特定病原体)に指定されている。感染例の全件が直ちに届出を必要とする。これは病原体であるエボラウイルス属の検出がない場合でも、症状や所見から感染が疑われる場合も含まれる事がある[15]。初期症状は他の感染症でも頻繁に見られ、最初の数日で患者がエボラウイルス属に感染しているのを見極めるのは困難である。なお、出血熱の名の由来である外部への出血は一部の患者にしか見られない[5]

エボラウイルスは世界保健機関(WHO)のリスクグループ4の病原体に指定されており、実験室・研究施設で取り扱う際のバイオセーフティーレベルは最高度の4が要求される。

米国CDCでは生物兵器として利用される可能性が高い病原体として、エボラウイルスを最も危険度、優先度の高いカテゴリーAに分類している。なお、カテゴリーAにはエボラウイルスの他、マールブルグウイルスアレナウイルス天然痘ウイルスペスト菌炭疽菌ボツリヌス菌野兎病菌も指定されている。

ただし、毒性や致死率があまりにも高く、遠出する機会を得る前に患者が死亡してしまうことが多いことから世界的大流行には至りにくいとされる(これが致死率が比較的低いため軽症の患者が遠出しやすく世界的大流行を引き起こした新型インフルエンザ2019新型コロナウイルス感染症との違いである)[要出典]

感染事例 編集

エボラウイルス属の感染に関する年表[8][22]
感染者 死者 致死率 備考
1976年   コンゴ民主共和国 ザイール 318 280 80% ザイールエボラウイルスの発見。
1976年   スーダン スーダン 284 151 53% 初めてのエボラウイルス属の発見。
1976年   イギリス ザイール 1 0 0% 実験室内で汚染された針に誤って触れたことによる感染。
1977年   コンゴ民主共和国 ザイール 1 1 100%
1979年   スーダン スーダン 34 22 65% 1976年と同じ場所での再流行
1989年   アメリカ合衆国 レストン 0 0 0% フィリピンから輸入されたサルから発見。レストンエボラウイルスの発見。ヒトへの感染はなかった。
1989年 - 1990年   フィリピン レストン 3 0 0% カニクイザルの間で流行し多数の死亡が確認されているが、感染したヒトの4人には抗体が発見されたが症状はなかった。
1990年   アメリカ合衆国 レストン 4 0 0% 1989年の再導入。感染した4人には抗体が発見されたが症状はなかった。
1992年   イタリア レストン 0 0 0% 1989年のアメリカ合衆国と同じフィリピンの施設から輸出されたサルから発見されており、関連が疑われている。ヒトへの感染はなかった。
1994年   ガボン ザイール 52 31 60% 熱帯雨林の金鉱山キャンプで流行した。黄熱病と疑われ、確定したのは1995年。
1994年   コートジボワール タイフォレスト 1 0 0% タイフォレストと呼ばれる地域で野生のチンパンジーの解剖後、1人が感染した。スイスで治療されている。
1995年   コンゴ民主共和国 ザイール 315 250 81%
1996年1月 - 4月   ガボン ザイール 37 21 57% 森の中でチンパンジーを狩り、屠殺し食べた19人が感染した後、家族に広がった。
1996年7月 - 1997年1月   ガボン ザイール 60 45 74% 森の中で見つかったチンパンジーが感染源であると断定されている。
1996年   南アフリカ共和国 ザイール 2 1 50% ガボンでエボラ出血熱を治療した医者が南アフリカ共和国に移動した後発症、世話をした看護士にも感染。その看護士が死亡した。
1996年   アメリカ合衆国 レストン 0 0 0% フィリピンから輸入されたサルに感染していた。ヒトへの感染は確認されていない。
1996年   フィリピン レストン 0 0 0% ヒトへの感染は確認されていない。
2000年 - 2001年   ウガンダ スーダン 425 224 53%
2001年10月1日 - 5月2日   ガボン ザイール 65 53 82% ガボンとコンゴ共和国間で国境を越えて感染した。
  コンゴ共和国 57 43 75%
2002年12月2日 - 2003年4月3日   コンゴ共和国 ザイール 143 128 89%
2003年11月 - 12月   コンゴ共和国 ザイール 35 29 83%
2004年   スーダン スーダン 17 7 41%
2007年   コンゴ民主共和国 ザイール 264 187 71%
2007年12月 - 2008年1月   ウガンダ ブンディブギョ 131 42 37% ブンディブギョエボラウイルスの発見。
2008年11月   フィリピン レストン 6 0 0% 感染した6人には抗体が発見されたが症状はなかった。
2008年12月 - 2009年2月   コンゴ民主共和国 ザイール 32 15 47%
2011年5月   ウガンダ スーダン 1 1 100%
2012年7月 -   ウガンダ スーダン 24 16 67%
2012年8月 -   コンゴ民主共和国 ブンディブギョ 36 13 36%
2012年11月 -   ウガンダ スーダン 6 3 50%
2014年2月 - 2016年6月   ギニア  リベリア  シエラレオネ ザイール 28610 11308 39% 2014年の西アフリカエボラ出血熱流行。西アフリカで初めての流行(1995年のコート・ジボアールの1人を除く。)。ナイジェリア、マリなどの周辺国、ヨーロッパ、アメリカに拡大。
2014年6月 - 10月   ナイジェリア ザイール 20 8 40%
2014年 - 2015年1月   マリ ザイール 8 6 75%
2014年 - 2014年12月   アメリカ合衆国 ザイール 4 1 25%
2014年8月 - 11月   コンゴ民主共和国 ザイール 69 49 71% 大流行した2014年の西アフリカエボラ出血熱流行のウイルス種とは無関係。
2017年5月 - 7月   コンゴ民主共和国 ザイール 8 4 50%
2018年5月 -   コンゴ民主共和国 ザイール % 2018年5月現在流行継続中。

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g Kuhn, Jens H.; Becker, Stephan; Ebihara, Hideki; Geisbert, Thomas W.; Johnson, Karl M.; Kawaoka, Yoshihiro; Lipkin, W. Ian; Negredo, Ana I. et al. (2010-12). “Proposal for a revised taxonomy of the family Filoviridae: classification, names of taxa and viruses, and virus abbreviations”. Archives of virology 155 (12): 2083–2103. doi:10.1007/s00705-010-0814-x. ISSN 0304-8608. PMC 3074192. PMID 21046175. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3074192/. 
  2. ^ a b c Pringle, C. R. (1998). “Virus taxonomy--San Diego 1998”. Archives of Virology 143 (7): 1449–1459. doi:10.1007/s007050050389. ISSN 0304-8608. PMID 9742051. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9742051/. 
  3. ^ a b c Mayo (ICTV Secretary), M.A. (2002-10-01). “virology division news: ICTV at the Paris ICV: Results of the Plenary Session and the Binomial Ballot” (英語). Archives of Virology 147 (11): 2254–2260. doi:10.1007/s007050200052. ISSN 1432-8798. https://doi.org/10.1007/s007050200052. 
  4. ^ エボラは再来し、HIV感染はいまも続いている”. iRONNA. 2020年3月13日閲覧。
  5. ^ a b c d e Questions and Answers about Ebola Hemorrhagic Fever Center for Disease Control and Prevention
  6. ^ Clinical Aspects of Ebola Virus Disease at the Ngaliema Hospital, Kinshasa, Zaire, 1976
  7. ^ Feldmann, Heinz; Geisbert, Thomas W. (2011-03-05). “Ebola haemorrhagic fever”. Lancet (London, England) 377 (9768): 849–862. doi:10.1016/S0140-6736(10)60667-8. ISSN 1474-547X. PMC 3406178. PMID 21084112. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21084112/. 
  8. ^ a b c Known Cases and Outbreaks of Ebola Hemorrhagic Fever, in Chronological Order”. Center for Disease Control and Prevention. 2013年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年3月25日閲覧。
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  15. ^ a b エボラ出血熱 厚生労働省
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  18. ^ The origin and evolution of Ebola and Marburg viruses. Archives of Virology
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  20. ^ a b アフリカで発生したエボラ出血熱のアウトブレイクに、世界初のワクチン接種は「人類の勝利」をもたらすか WIRED.jp 2018.05.30
  21. ^ 古山若呼, ほか「エボラワクチン」『最新医学』第74巻第4号、最新医学社、2019年、530-538頁。  ( 要購読契約)
    今井正樹, 渡辺登喜子, 河岡義裕「エボラ出血熱に対するワクチン開発の進展」『医学のあゆみ』第264巻第5号、医歯薬出版株式会社、2018年、419-422頁。  ( 要購読契約)
  22. ^ Years of Ebola Virus Disease Outbreaks

関連項目 編集