セイヨウカンボク(西洋肝木、学名: Viburnum opulus[5][6]は、レンプクソウ科ガマズミ属落葉低木。別名ヨウシュカンボク(洋種肝木)[2]。ヨーロッパに広く分布し、花や実を観賞するために庭木として栽培されるほか、ウクライナロシアでは文化的にも重要な樹木である。

セイヨウカンボク
セイヨウカンボク
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
階級なし : キク類 Asterids
階級なし : キキョウ類 Campanulids
: マツムシソウ目 Dipsacales
: レンプクソウ科 Adoxaceae
: ガマズミ属 Viburnum
: セイヨウカンボク
V. opulus
学名
Viburnum opulus L. var. opulus[1]
和名
セイヨウカンボク(西洋肝木)
ヨウシュカンボク(洋種肝木)[2]
英名
cranberry bush[3]
European cranberry bush[3][4]
guelder rose[3][4]
whitten tree[3]
snowball tree[3](セイヨウテマリカンボク)

特徴 編集

 
ドイツ植物学者ペーター・エッサードイツ語版による図版

形態 編集

樹高は2~5m[2][7]樹皮は淡灰色で、薄く割れ目は少ない[2][5]は長さ5~10cmで3裂し、裏面には軟毛があり、秋には紅葉する。葉柄には蜜腺を持つ[2][5]。花期は5月6月で、径6~10cmの花序の中心部に多数の小さな両性花をつけ、周辺部に白い装飾花が咲く。花冠は5裂[2]果実核果10月に熟し、透明感のある赤色が美しい[5][8]

分布 編集

イギリスから、ヨーロッパ大陸に広く分布し、北アフリカ西アジアまで[5][6]

利用 編集

初夏には白い花を、秋から冬にかけては赤い実を楽しむことができ、観賞用樹木として庭木などに用いられる[2]

果実は苦味が強く、生食するには適さないが、晩秋から冬にかけて寒気に晒された実はやや甘味成分が増す[9]ロシアではその季節を待って収穫し、ドライフルーツにして冬の蓄えとする、ウォッカに漬けこんで果実酒にする、ジャムジュース砂糖漬けなどに加工する、などの方法で食される。加熱すると苦味が和らぎ、甘く味付けしたカーシャピエロギの具にも用いる[9]

名称 編集

種小名の opulus はカンボクのラテン語[2]。本種は Viburnum opulus の基準変種であるが[7]、日本には自然分布しない。そのため、和名では日本にも分布する変種の V.opulus var. sargentiiカンボクの和名が与えられ、本種の方が西洋カンボク・洋種カンボクと称される形となっている。慣用的に「肝木」の字をあてるが、その由来は薬用に用いたためとも言われるものの十分に明らかではない[10][11]

英語ではcranberry bushと呼ぶが[注釈 1]北アメリカ大陸には近縁種のアメリカカンボク英語版Viburnum trilobum)が分布するため[6]アメリカ合衆国では特に本種を指してEuropean cranberry bushとも呼ぶ[4]。他に guelder rose 、白い花から whitten tree とも[3]。変種のセイヨウテマリカンボクは、丸い塊になって咲く装飾花を雪玉に見立ててsnowball treeとも称される[3][11]

変種・品種 編集

 
セイヨウテマリカンボクは雪玉に喩えられる白く丸い装飾花を咲かせる。
  • カンボクV. o. var. sargentii[12]) - 別名ケナシカンボク[13]東アジア東北部を中心に分布し、シベリア東部、サハリン朝鮮半島南千島北海道本州中国大陸では甘粛省四川省長江南部までの範囲に広がる[11]。本州では中北部の概ね標高1500m以下の高原によく見られる一方、本州西部ではまれである[5][11]。セイヨウカンボクに比べて樹皮がふぞろいに縦に裂けコルク層が発達する点や、の色がセイヨウカンボクの黄色に対しカンボクは紫色である点などで識別できる[5][6]
    • テマリカンボク(V. o. var. sargentii f. hydrangeoides[14]) - 園芸品種。花序全体が装飾花となったもの(手毬咲き)で、観賞価値が高い[5]。花の形状はオオデマリに似るが、カンボクの仲間に特有の3裂の葉によって識別できる。
    • ケカンボク(V. o. var. sargentii f. puberulum[15]) - 枝・葉柄・花序枝が有毛で、葉の裏面にも開出毛がある[13]
    • キミノカンボク(V. o. var. sargentii f. flavum[16]) - 果実が黄色の変種[13]
  • セイヨウテマリカンボク(V. o. var. sterile[5]) - テマリカンボクと同様に花序全体が装飾花となる変種。欧米で栽培される園芸品種に、花が淡紅色を帯びる‘Roseum’(‘ロセウム’)がある[5]。球形に咲いた白い花序の形から、英語では snowball tree の名称があり[3][11]、庭木として広く利用されている[17]

文化 編集

ウクライナ 編集

 
セイヨウカンボクの枝を掲げる女神ベレヒニア像。キーウ独立広場
 
2010年発行の2フリヴニャ記念金貨。
 
ウクライナの大国章2007年案。下部に小麦の穂とともにガマズミの実が描かれている。

本種はヨーロッパに広く自生する樹木であるが[5]、特にウクライナにおいて本種を指すчервона калинаラテン文字: chervona kalyna、チェルボナ・カリーナ、ウクライナ語で「赤いガマズミ」の意)は、民族の象徴として重要視される植物である[注釈 2]ウクライナ語калинаは、ガマズミ属を指すほか、処女性・破瓜血という意味にも用いられる[18]

例えば、キーウ市街中心部にある独立広場に、2001年に独立10周年を祝って建立された高さ52mの円柱状の独立記念碑の頂上には、セイヨウカンボクの枝を掲げた12mの女神ベレヒニアの像が設置されている[19]記念硬貨記念切手にも、セイヨウカンボクの実や葉が描かれたものが存在する。

ウクライナの国章にもセイヨウカンボクを取り入れようとする試みがある。ウクライナ憲法第20条には大国章・小国章を法により定めることが明記されている[20]。そのうち小国章は、青地のに、10 - 11世紀キエフ大公である「聖公」ヴォロディーミル1世の紋章である黄金の三叉戟「トルィーズブ」を描いたデザインが1992年に定められたが[21]、大国章は未だに制定されていない。提案されている大国章の案は、小国章を両脇からハールィチ・ヴォルィーニ大公国の紋章であるライオンと、マスケット銃を持つコサック英語版が支え、頂上には11世紀のキエフ大公「賢公」ヤロスラウ1世の王冠を頂き、2名のサポーターの下には、ウクライナの空の青さと小麦の恵みを表す[21]国旗のリボンと、台座として小麦の穂とガマズミの実が配されている。この大国章案は、1996年2007年の大きく2度議会に提案されたが、いずれも制定に至らなかった[22]

作曲家ステパン・ニコラーエヴィチ・チャルネツキウクライナ語版1881年 - 1944年)が、第一次世界大戦に際してウクライナの民謡に1914年に新たな歌詞を付して生まれた愛国歌ああ野の赤いガマズミよ」も知られている。以下に1番の歌詞のみを紹介する。

ウクライナ語原詩
Ой у лузі червона калина Похилилася.
Чогось наша славна Україна Зажурилася.
А ми тую червону калину піднімемо,
А ми нашу славну Україну, Гей, гей, розвеселимо!
А ми тую червону калину піднімемо,
А ми нашу славну Україну, Гей, гей, розвеселимо!
   日本語訳例
ああ、草原の赤きガマズミは垂れ下がり
何故に我らが栄光のウクライナは嘆き悲しむ
我らは赤きガマズミを掲げて
輝かしきウクライナを ヘイ!ヘイ!応援しよう!
我らは赤きガマズミを掲げて
輝かしきウクライナを ヘイ!ヘイ!応援しよう!

また、「червона калина」(チェルボナ・カリーナ)は、チェルノブイリ原子力発電所事故の影響を受けた避難民の子ども達で構成された民族音楽団の名称でもある[23]

ロシア 編集

アコーディオンによる「カリンカ」の演奏のビデオクリップ。

ロシア語でも、セイヨウカンボクに代表されるガマズミ属を総称してкалинаと呼ぶ[24]。若い未婚の女性の象徴であり、白い花は乙女の清らかな愛を、赤い実は女性としての成熟と情熱的な愛を、そして実の苦さは片想いや結婚後に待ち受ける人生の辛苦を表すとされる[9]。「未熟なガマズミ(婚期にはまだ早い娘)」「ガマズミが揺れる(恋人への信頼が揺らぐ)」「ガマズミの枝を折る(男が妻を迎える、女が結婚を望む)」などの慣用表現もある[9]。ロシアの作曲家イワン・ペトローヴィチ・ラリオーノフ1830年 - 1889年)の作詞・作曲による1860年の愛唱歌「カリンカ」(калинка: калина指小形であり、「ガマズミちゃん」といった意味合い)は、美しい娘を赤く瑞々しいガマズミの実に喩えた恋歌であり、日本でもソビエト連邦発のコンピュータゲーム『テトリス』のBGMに採用された影響などから、ロシアないしソ連の楽曲としてよく知られたもののひとつである。また、ロシア民謡に頻繁に登場するリフレインкалинка-малинка」(カリンカ・マリンカ)には、「娘が年頃になる、愛に目覚める」「純潔を失う、軽率な行動」といった意味合いがある[25]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ なお、クランベリーを収穫するツルコケモモなどの樹木はツツジ科スノキ属ツルコケモモ亜属であり、まったくの別種。
  2. ^ ウクライナを象徴する植物について、калинаから「ガマズミ」と訳す日本語文献もある。これはガマズミ属という意味では大まかには誤りではないが、写真に示した記念金貨に「калина червона・VIBURNUM OPULUS」と刻印され、カンボクの仲間に特徴的な3裂の葉が描かれていることから明らかなように、正確には象徴とされている植物はviburnum opulus=セイヨウカンボクである。とは言え、viburnum opulusには変種が多く、個々の使用例についてどの変種を指すのかまで厳密に特定するのは不可能である。少なくとも日本でいう(種名としての)カンボクV. opulus var. sargentii)はウクライナに自然分布していないので、それを指していないのは明らかである。また、そもそも象徴であるから、日本における「サクラ」の使用例がそうであるように、デザイン者も元から変種・品種までは考えていない場合も多いだろう。従って本節では、樹木全体については大まかに「セイヨウカンボク」、果実のみの場合は「ガマズミ」(калинаはガマズミ属の実全般を指す語である)と便宜的に記載するものとする。

参照 編集

  1. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」”. YList (2013年6月19日). 2018年4月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 原色世界植物大図鑑、169頁。
  3. ^ a b c d e f g h CRC world dictionary of plant names、2793頁。
  4. ^ a b c 植物和名学名対照辞典、225頁。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 園芸植物大事典、512頁。
  6. ^ a b c d 朝日百科、221頁。
  7. ^ a b 世界有用植物事典、1090頁。
  8. ^ 山溪カラー名鑑、708頁。
  9. ^ a b c d 狩野、180頁。
  10. ^ 木村、128-129頁。
  11. ^ a b c d e 朝日百科、220頁。
  12. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」”. YList (2012年5月11日). 2018年4月8日閲覧。
  13. ^ a b c 日本の野生植物、227頁。
  14. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」”. YList (2012年5月13日). 2018年4月8日閲覧。
  15. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」”. YList (2012年1月17日). 2018年4月8日閲覧。
  16. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」”. YList (2013年6月19日). 2018年4月8日閲覧。
  17. ^ 山溪カラー名鑑、709頁。
  18. ^ Ukrainian-English dictionary、378頁。
  19. ^ 地球の歩き方、456頁。
  20. ^ КОНСТИТУЦІЯ УКРАЇНИ(ウクライナ憲法)”. ウクライナ議会 (2016年9月30日). 2018年4月10日閲覧。
  21. ^ a b 地球の歩き方、438頁。
  22. ^ uk:Герб України#Проект великого герба を参照。
  23. ^ インタビュー カテリーナさん(ウクライナ)”. My Eyes Tokyo (2012年6月20日). 2018年4月8日閲覧。
  24. ^ Elsevier's Russian-English dictionary、911頁。
  25. ^ 狩野、181頁。

参考文献 編集

  • 堀田満(代表編集)『世界有用植物事典』平凡社、1989年。ISBN 4-582-11505-5 
  • 木村陽二郎『図説 花と樹の大事典』柏書房、1996年。ISBN 4-7601-1231-6 
  • 林弥栄・古里和夫(監修)『原色世界植物大図鑑』北隆館、1986年。 
  • 林弥栄(編)『山溪カラー名鑑 日本の樹木』山と溪谷社、1995年。ISBN 4-635-09017-5 
  • 狩野昊子『ロシア語の比喩・イメージ・連想・シンボル事典 ―植物―』日ソ、2007年。ISBN 978-4-7874-3002-1 
  • 『日本の野生植物 木本Ⅰ』平凡社、1989年。 
  • 『園芸植物大事典 1』小学館、1988年。 
  • 『朝日百科 世界の植物 1(第2版)』朝日新聞社、1980年。 
  • 『植物和名学名対照辞典(1992年版)』科学書院、1992年。 
  • 地球の歩き方 A31 ロシア・ウクライナ・ベラルーシ・コーカサスの国々 2010~2011年版』ダイヤモンド社、2010年。ISBN 4-478-05864-4 
  • Quattrocchi, Umberto (2000). CRC world dictionary of plant names IV. CRC Press 
  • Andrusyshen, C. H. (1955). Ukrainian-English dictionary. University of Saskatchewan 
  • Macura, P. (1990). Elsevier's Russian-English dictionary. Elsevier Science Publishers B.V. 
  • 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList)